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私が衝撃を受けた、世界の知られざるすごい画家6選

はじめに

こんにちは!
小さい頃から絵を描くのが大好きで、
今では美術館巡りが趣味のdaimaです。

本日は、ゴッホピカソのような
一般的な知名度はないけれど、
私が一目見てハートを撃ち抜かれた
知る人ぞ知るすごい画家たちを、
代表的な作品とその生涯の
解説付きでご紹介します。

選出に際しては、洋の東西を問わず、
油彩画に挿絵画、抽象画から浮世絵まで、
ジャンルは問わず、
絵にご興味のある方なら
これだけは是非知って頂きたい
という画家を厳選しています。
それではお楽しみください!


ヴァージニア・フランシス・ステレット
(Viriginia Frances Sterrett)

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最初にご紹介するのは、
繊細な筆致と大胆な構図が目を惹く
20世紀アメリカの女流挿絵画家
ヴァージニア・フランシス・ステレットです。

同時代の挿絵画家としては
カイ・ニールセンやロナルド・バルフォア、
オーブリー・ビアズリーなどが有名ですが、
とりわけステレットの作品に驚かされるのは
その卓抜した画面構成力と色使いです。

ステレットは1900年
アメリカのシカゴに生まれ、
幼い頃から絵の才能を発揮し、
19歳の時に出版社から依頼された
妖精物語の挿絵を皮切りとして、
ローマ神話アラビアン・ナイトなど
幻想的な題材の挿絵イラストを多数手がけ、
大きな評判を集めました。

しかし才子多病の宿命か、
20代の頃に結核を発病、
そして結核の悪化により、
1931年に31歳の若さで
この世を去っています。

ステレットは短命のため生前三冊しか
作品を発表できませんでしたが、
もしもっと長生きしていれば
より多くの作品を世に残していたかと思うと、
その早逝を惜しまずにいられませんね。

Virginia Frances Sterrett Art: The Complete Illustrations

↑ヴァージニア・フランシス・ステレットの
他の作品はこちらで観ることができます。


ギュスターヴ=アドルフ・モッサ
(Gustav-Adolf Mossa)

Gustav-Adolf Mossa
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Gustav-Adolf Mossa

ギュスターヴ=アドルフ・モッサは
19世紀末から20世紀初頭に活躍した
フランスの画家です。

モッサはデッサン学校を経営する
父から絵の技法を学び、
ルネサンスやラファエル前派、
象徴主義の画家から影響を受け
神話や運命の女(ファム・ファタール)を
テーマとした怪奇的で
退廃的な作品を多数描きました。

世紀末芸術特有の不気味さと
妖しい美しさが同居した作品群は、
思わず視線を奪われる
魔力に満ちているかのようです。

中でも私が特に好きなのが、
上部1枚目の代表作「飽食のセイレーン」。
初めて目にした瞬間虜になり、
すぐに作者の名前を調べて
モッサにたどり着きました。

これほどの画力を持ちながら、
モッサは第一次大戦
負傷したことをきっかけに断筆し、
それ以降一切絵を書かなくなった
というから不思議です。

Mossa, peintre symboliste niçois

↑ギュスターヴ=アドルフ・モッサの
他の作品はこちらで観ることができます。


ニコラ・ド・スタール
(Nicolas de Staël)

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Nicolas de Staël

続いては、私が一番大好きな抽象画家、
ニコラ・ド・スタールをご紹介します。

私がド・スタールの名を知ったきっかけは、
漫画家荒木飛呂彦先生の短編作品、
岸辺露伴は動かない」の作中で、
主人公の岸辺露伴が次のように
ド・スタールの作品を
絶賛しているのを目にしたことでした。


「ド・スタール」が描く絵は…
抽象画でありながら同時に風景画でもあって
そのギリギリのせめぎ合いを
テーマに描いている。

こんな簡単な絵なのに
光と奥行きと哀愁があって泣けるんだ。

私はそれまであまり抽象画に関心がなく、
ましてや抽象画で「泣ける」だなんて
荒木先生もおおげさだなぁ…などと
その時はその言葉を
半信半疑に受け止めていました。

ですが、後に
ド・スタールの作品について調べ、
上部掲載の船の絵を目にした瞬間に
見事にハートを撃ち抜かれてしまいました。

抜けるように鮮やかなブルーと、
無機質な船体のグレーのコントラスト、
そして煙を吐きながら遠ざかっていく
その姿を目にして、言いようもない
寂寥感に襲われ、初めて抽象画で
鳥肌が立つ感動を覚えました。

そして、ド・スタール自身の
家族や愛する人を失った悲しみを抱え、
人生を賭けて絵の制作に打ち込んだ生涯を知ると
その絵に込められた思いの程に
荒木先生が「泣ける」と評したのも
決して大げさではなかったなと
完全に納得することができました。
それでは、ド・スタールの人生を
手短ですが振り返ってみましょう。

ニコラ・ド・スタールは
20世紀初頭、帝政末期ロシアの
名門貴族の家に生まれました。

しかし、ド・スタールが3歳のころに
ロシア革命が勃発。その二年後に
一家ポーランドへ亡命しますが、
父母が直後に失意のまま相次いで死去。
ド・スタールは兄弟とともに孤児として
ベルギーのロシア人に引き取られます。

成人したド・スタールは
1933年、ブリュッセルの王立美術学校へ入学し、
絵画の研究のためヨーロッパや中東を
巡る旅行へ出かけます。

そして1937年、23歳の時に
旅行先のモロッコでジャニーヌという、
4歳年上のフランス人女性画家と出会い、
意気投合した二人はしばらく共に旅を続け、
1938年にパリに新居を構え
ジャニーヌの連れ子と共に同居生活を開始します。

しかし一家の生活は極貧を極め、
一家で協力して絵を売るなどしましたが
1946年にはジャニーヌが病で他界。
ジャニーヌの死をきっかけとして
ド・スタールは何かに憑かれたかのように
作品制作にのめり込むようになっていきます。

その後1946年にフランソワーズという
女性と結婚、2男1女をもうけ、
さらに1950年代に入ると
各地で個展が開かれるようになり、
ジョルジュ・ブラックやフェルナン・レジェなど
キュビズムの画家達との交流も増え、
政府からも作品が買い上げられるようになるなど
状況は一気に好転します。

一見して順風満帆に見えた
ド・スタールの人生でしたが、
仕事が増えたことで神経をすり減らして
不眠に悩まされるようになり、
作品を催促する画商に対して手紙で
「僕を工場と思わないでください」と
悲痛な胸の内を吐露しています。

そして1955年3月15日、
ド・スタールはアンティーブの
アトリエのテラスから身を投げ、
41年の生涯に自ら幕を閉じました。

Nicolas de Staël
(未完の絶筆となった『Le Concert』。鮮やかな赤が美しい)

その死の理由は、
多忙による精神衰弱のみならず、
モデルだったジャンヌという
家庭のある女性への失恋からだった
という説も聞かれますが、
今となってはその真相は
他ならぬド・スタール自身しか知り得ません。

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私の部屋には今、ニューヨークから
個人輸入した画集が飾られています。
そして、いつかは
ド・スタールも眺めたであろう
アンティーブの美しい街並みを
この目で眺めることが私の夢の一つです。


リチャード・ダッド
(Richard Dadd)



続きましては、
ラファエル前派に分類される
19世紀イギリスの画家
リチャード・ダッドです。

上部1枚目の「バッカス祭の情景」
や2枚目の「狂えるジェーン」など、
細密に書き込まれた画面と
鬼気迫る人物描写が特徴のダッドの作品。

実はダッドは画家でありながら
精神病者であり、殺人者でもありました。
しかも1843年、26歳の時に
実の父親を刺殺しています。

ダッドは1841年、24歳の時に「パック」、
「眠るティターニア」が当時の画壇で絶賛され、
ダッドは華々しいデビューを飾りました。

しかし、画家として弁護士に随行した
10ヶ月の中東旅行の後半頃から、
だんだんと精神に異常をきたすようになり、
終いには自分がエジプト神オシリス
しもべであり、周囲の人々に変装した
悪魔を殺すのが使命だと
思い込むようになっていきます。

そして前述した通り、
ダッドは実の父を散歩中に
ナイフで刺殺してしまったのです。

その後精神病と判定され
残りの生涯を精神病院で過ごしたダッドは、
それでも絵を描くことは最後まで止めず、
絵の話題についてだけは
理知的な会話が可能だったそうです。

Richard Dadd - a Hermit

精神病者の描く絵は、
現在ではアウトサイダーアートという
一つのジャンルとして認知されていますが、
ダッドの絵はそれらとも
また一線を画す、理性と狂気が
混在した不思議な魅力を感じさせます。

そうした危ういバランスが
作品の魅力に
華を添えているのかもしれませんね。


月岡芳年
(Tsukioka Yoshitoshi)

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月岡芳年
幕末から明治にかけて活躍した
日本の浮世絵画家です。

芳年の絵の特徴は、
大胆で生き生きとした人物描写と
浮世絵の伝統を受け継いだ
迫力ある構図の見せ方にあります。

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特に私がお気に入りなのが、
義経と弁慶が京都の五条大橋
一騎打ちした姿を描いたこちらの作品。
上体を大きく仰け反らせ、
どっしりと相手の剣を受ける弁慶と、
それとは対照的に身軽に宙に跳ね
剣を振り下ろす義経の姿が
躍動感たっぷりに描写されています。

芳年は天保10年(1839年)に
江戸新橋南大坂町で
商家の次男として生を受けました。

のちに画家の月岡雪斎の養子となり、
さらに嘉永3年(1850年)、
12歳で歌川国芳の弟子となると、
この頃から武者絵や
役者絵を手がけるようになります。

慶応2年(1866年)には、
歌舞伎の残酷な場面を集めた
英名二十八衆句のうち
半分の14作を描き、
慶応4年(1868年)には
上野戦争の実物の戦死者を見て描いた
魁題百撰相を発表。
無惨絵の芳年としてその名を馳せました。

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(魁題百撰相より。芳年は絵の研究のため、戦場跡で本物の死体をスケッチした)

しかし、芳年は武者絵や無惨絵しか
描かなかったわけではなく、
「新形三十六怪撰」という妖怪画の連作や
月をテーマに描いた最晩年の月百姿など、
実に多彩なバリエーションの題材を
描いています。

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(芳年の描く動物はどこかコミカルで愛嬌がある)

その残酷さと美しさを併せ持った作風は
三島由紀夫谷崎潤一郎などの作家や
丸尾末広花輪和一を初めとする現代の
イラストレーターにも多大な影響を与えています。

近年は若冲暁斎がすこぶる人気ですが、
江戸時代の浮世絵の伝統を伝える
最後の世代の画家として、
芳年も今後さらに
注目を集めそうですね。


鴨居 玲
(Camoy Rey)

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(『出を待つ』 1970年)

鴨居 玲
(『おっかさん』 1974年)

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(『私の話を聞いてくれ』 1973年)

鴨居 玲
(『群がる』 1966年)

最期にご紹介するのは、
私の住む石川県金沢市出身の画家、
鴨居玲です。

画家のありあまる苦悩をそのまま
キャンバスに叩きつけたかのような作品群は、
一度目にしたら決して忘れることはできません。

俳優のような整った容姿を持ちながら、
海外在住経験からくる知見の広さや
ユーモアも兼ね備え、作家の司馬遼太郎
美術評論家の坂崎乙郎など
著名人との交友関係も広かった鴨居玲

しかし、その生涯は狭心症の発作との
終わりの無い闘いの連続であり、
さらには、生来の情緒不安定な性格もあって
何度も自殺未遂を繰り返した末に、
ついに1985年、書きかけのキャンバスを
アトリエに残したまま、排ガス自殺という形で
57年の生涯に自ら幕を閉じました。

www.youtube.com

話は変わりますが、
私は今年の秋頃に、
石川県立美術館で開催された
鴨居玲の特別展に足を運び、
主だった作品は一通り目にしています。

その時は、作品と一緒に
鴨居玲が生前使っていた画材や
靴、カバンが一緒に展示されていて、
絵と同時に、画家の人柄にまで
思いを馳せることができました。

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(望郷 故・高英洋に捧ぐ)

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(1982年 私)

中でも、深いグリーンにぼうっと浮かぶ
白い民族衣装姿のモデルが幻想的で美しい
「望郷 故・高英洋に捧ぐ」と、
1.8m×2.5mの大画面で描かれ、
暗く沈んだ画面の中央の
真っ白なキャンバスが鮮烈な
「1982年 私」の二作は格別で、
私以外にも立ち止まってジッと
作品を見ている人が多くいました。

絵に生涯を捧げ、
最後まで独自の表現を追求し続けた鴨居玲
その身は滅びても、その作品は今尚
残された私たちを魅了してやみません。


おわりに

意外と知られていない、
世界のすごい画家6選
お楽しみいただけたでしょうか。

本年度は東京の上野で開かれた
「怖い絵展」が大盛況となったことが
記憶に新しいですが、
どれだけ写真や映像技術が発展しても、
絵にはそれ以上に人の心に訴えかける
根源的な力があると私は信じています。

今ではAIがオリジナルの絵を描く
時代に突入しつつありますが、古くは
洞窟壁画から始まった絵を描くという営みが、
今後どのように変化していくのか、
いまから全く楽しみでしょうがないですね。


参考サイト様

優美な異国に憧れた女性画家|【 未開の森林 】
Virginia Frances Sterrett - Melt
Virginia Frances Sterrett Art: The Complete Illustrations
今日の一枚の絵 第193回:アトリエ5号星地区:So-netブログ
リチャード・ダッド
画家ニコラ・ド・スタールの生涯 - 日本食品工業株式会社|鳥取県境港市
ニコラ・ド・スタール 道ならぬ恋の結末 アンティーブを歩きながら - フランス散歩 芸術家や歴史を訪ねて
日本美学研究所 『無惨絵・無残絵 日本文化の裏地を染める鮮血』 ギリシア悲劇との類似性 月岡芳年・落合芳幾・絵金
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鴨居玲