人付き合いが苦手な人がしてはいけないたった一つの最悪な考え方。

エッセイ

あなたは人付き合いが得意ですか?

こんにちは、daimaです。
いきなり不躾な質問で恐縮ですが、
あなたは人付き合いが得意な方でしょうか?

ちなみに私は昔から人付き合いが大の苦手で、
特に他人と長期的で安定した
人間関係が築くことが基本的にできない人です。

しかも、私の場合完全に誰ともコミュニケーションできないわけではなく、
むしろ初対面の相手に対しては
「人当たりが良い」と思ってもらえるくらいに
会話が弾むことすらある位話せるのに、
逆にある程度同じ人と継続して付き合いが続くと
不思議と一緒にいることが気まずくなったり、
些細なきっかけで相手を怒らせてしまって
高確率で関係が破綻するタイプのコミュ障なのです。


(↑こちらで指摘されている内容がかなり近いです。)

そんなわけだから
私は基本的にどこに行っても孤立しがちでしたし
特に高校時代はいじめの対象になって、
全体の半分以上を職員室登校せざるを得ないほど追い込まれてしまいました。

その後もアルバイト先で同僚や先輩に嫌われて
たった半年で逃げるように職場を退職したり、
高校時代の経験が尾を引いて
うつ病(専門医による診断済み)になったりするなど、
次々にネガティブな出来事にぶつかり、、
「自分なんか生きててもしょうがない」という
暗い思いに付きまとわれながら日々を過ごしていました。

そんなわけで、そのままだと
引きこもりかニートまっしぐらだった私ですが、
今ではありがたいことに何とか正社員となり
十分に自立して暮らしていけるだけの
生計が成り立つようになりました。

もちろん私の収入など大したものでは無いのですが、
それでも昔のどん底ぶりを思えば
自分でも信じられないほど
良く持ち直したものだとしみじみ感じます。

さて、私の話は一旦ここまでにして
そろそろ本日の本題に移りましょう。

本日私がこの記事で訴えかけたいのは、
コミュニケーションが苦手な人が陥りやすく、
それでいて人生に何のメリットももたらさない
ある一つの最悪な考え方
についてのお話です。

一番いけないのは、「何が何でも」自分を変えようとすること

私の考える、コミュニケーションが苦手な人にとって
最悪なある一つの考え方…

それはずばり現状の自分に対する自己否定と
そこから生じる何が何でも自分を変えなくてはならないという強い強迫観念
です。

一旦こうした感情に憑りつかれると、
自分のすべてが否定すべき対象に見えてきて、
強烈な自己嫌悪と不安感に襲われます。

そしてその不安から逃れるために、
時として本人にとって無謀なチャレンジを行います。

具体的には
いきなり海外旅行の計画を立ててみたり、
高度な対人関係が必要な環境に飛び込んでみたり、
あるいは自己啓発本の内容を
そっくりそのまま実践してみたり…
要は自己変革のための荒療治に踏み出すわけですね。

しかし、こうした突発的な行動は
計画性や客観性が伴っていないために
多くの場合で不幸な結果を生みます。

自分の体験で具体的な例を挙げると
私が10代の終わり頃に
某チェーン系ラーメン店のアルバイト経験などが
まさにそうした突発的行動の好例でしたね。

当時の私は丁度冒頭でも触れた
暗黒の高校時代を何とか切り抜けた頃で、
対人能力も自尊感情もとにかくどん底の時代でした。

しかし、そんな自分でもいずれは
自分で生活の糧を得なくてはならないことが分かっていましたから、
そのためにはまず自分の対人関係の苦手を直す必要があると考え、
あえて最も対人能力を問われるであろう
飲食店のバイトという舞台を選んだのでした。

しかしいざ採用されて働き始めてみると
・他人の感情を察することが苦手で、相手が怒っていても気づけない
・一つの物事に過集中してしまう傾向があり、全体をバランスよく見渡して行動できない
・自分の発言や行動が相手にどういう印象を与えるか想像することが苦手
などの短所が猛烈に足を引っ張り、
採用されてから一ヶ月も立たないうちに職場で完全に孤立。

そして最後には業を煮やした先輩に
バックヤードで人格否定気味にキレられて
半ば逃げ出すように自己退職することとなってしまったのでした。

そしてこの経験で私のコミュニケーション能力に
何らかの進歩が見られたかというと
それは甚だ怪しい話だったと思います。

確実に得たと言えるのは
アルバイトもまともに務まらない自分に対する更なる劣等感と
自分には飲食は絶対無理だという確信くらいのものだったでしょうか。

もちろん、これは私の例に過ぎず、
世の中には同じようなチャレンジをして
見事に自分の短所を治すことができたという人が
全く居なかったとは言い切れません。

ですが問題の本質はそこではなく、
当時の私が思い込みに囚われ、
自分自身を客観的に見ることなく
自分の貴重な時間を投資する対象を
誤って選んでしまっていたという
その判断ミスの部分にこそあります。

こうした突発的で、客観性、計画性に欠けた行動は
多くの場合実を結ぶことはありませんし、
同じ時間でもっと有意義な時間の使い方もあったはずです。

そこで私は、今述べたような
強迫観念にとらわれ掛けている方や
当時の私と同じ過ちを犯しかけている方に対して、
一旦立ち止まって深呼吸をして、
次のように考えてみることをお勧めします。

できない自分をそのまま受け入れよう

私が人付き合いが苦手な自分に
コンプレックスを抱いている方にお勧めしたいのが
「コミュニケーションがヘタクソな自分をそのまま受け入れる」考え方です。

これは特別斬新な考え方ではなく、
ややもすると問題を改善することを諦める
後ろ向きな考え方だと捉えられてしまうかもしれませんが、
実際にはむしろ真逆であり、
「労力を割く価値のある問題と
そうではない問題を切り分けて、
前者の方に自分の持てる力を全力投球しよう」

というもっと現実的前向きな考え方なのです。

そして、私がこう考える背景には
「三つ子の魂百まで」という有名な諺があります。

つまり、幼少期ならともかく、青年期以降に
一度固まってしまった人格や性向を後から
粘土をこねなおすみたいに”治療”なんて
出来るわけがないのだから、そんなことに力を注ぐくらいなら
もっと有意義な別の事に限られた時間と
エネルギーを注いだ方がいいよね、という話です。

もちろん、「三つ子の魂~」は単なる諺であって、
そこに確たる裏付けがあるわけでもないのですが、
有名な諺として時代を超えて生き残ってきたことや
科学の世界に身を置く脳科学者の中にも
この諺が科学的に正しいと述べている人がいることなどを鑑みると
案外真理に近いものがあるのではないでしょうか。

実際、赤ちゃんは、ものすごくたくさんの脳神経を持っていますが、3歳くらいまでの間に、持って生まれた脳神経の7割ぐらいを殺してしまいます。生きていくのに、不要な神経は、不良在庫ですから、分解してエネルギーに変えてしまう。その時に残った3割を100歳までずっと使い続けます。「三つ子の魂百まで」という言葉は、科学的にも正しいのです

参考 脳研究者・池谷裕二「“三つ子の魂百まで”は、科学的に正しいのです」~脳の癖を解き明かす人間力

思えば私が今まで見てきた色々な人を思い返してみても、
大人になってから急に性格や好みが
変わってしまったという例は見たことがありません。
(病気のような特別な場合は除いて)

それに、自分の性格を無理やり変えようとすることには
それが成就する可能性が低いというだけでなく、
自己否定の感情を抱えることで
うつ病などの二次被害を被ってしまうリスクが伴います。

また、自己否定の感情は他にも脳の萎縮や
集中力の低下など様々な問題を
引き起こす原因となることが科学的にも立証されていますので
自責感情が強い自覚のある方は
なるべく早くその考え方を変えるように努めてみてください。

自分の欠点よりも長所に目を向けよう

これまでの話を踏まえて
私がコミュニケーションにコンプレックスを抱えている方に
強くお勧めしたいのは、
自分の苦手な事ではなく得意なことに目を向け、
それを伸ばすことに全力を注ぐことです。

文章でも、絵でも、車の運転でも、
プログラミング、写真でも、動画制作でも、
人の役に立って喜ばれる可能性のある事なら何でも良いのです。

自分の中で「これだけは人に負けない」という強みを見つけて
それを自分のスキルまで昇華できれば
例えコミュニケーション能力が人より拙くても
突き抜けた長所で弱みをカバーする生き方が可能になります。

得に現代では殆どの仕事が分業制で成り立っているため、
中には丸一日誰とも喋らなくても成り立つ仕事というのもあります。
(長距離トラックドライバー、リモート勤務のプログラマーなど)

実際私の職場でも
対人的な業務はディレクターがその殆どを担当しているため
私は社外の人と殆どコミュニケーションを取る必要がありません。
(そしてこれは私にとって非常にありがたいことです)

ただ、会社で他の人と協力して働くとなると、
ふたつほどどうしても必要になる能力があります。

それは「他者への必要最低限の配慮」と
「自分の意思を論理的に正しく伝える能力」です。

前者の配慮については人と会ったら挨拶をする、
他人の話を素直に聞くなどの
子供でもできる初歩的な事ですが、
逆に言うとこれが出来ないようだと
会社勤めはかなり厳しくなります。

次に後者の論理性については
やや私の業務内容に依った感じもありますが、
リモートワークが主流になりつつある昨今、
文章できちんとした会話が成り立たないと
特にIT関連ではかなり致命的なことになります。

ただ、これらはどちらも
「学校で人気者になる」だとか
「携帯を友だちのメルアドで一杯
にする」とか言ったことに比べると
(少なくとも)私にとってははるかに容易な事でした。

極端な事を言えば、
別に友達が一人もいなかろうが、
飲み会は絶対に断るタイプであろうが、
任された仕事を確実にこなせる人材であれば、
ほとんどの会社はお金を出してくれるのです。

尤も、心の病気であったり、
重篤な障害で真っ当なコミュニケーションが難しい場合などは
流石にこの範疇からは外れてきますので
そういった場合は自助努力ではなく
専門機関の支援を受けるようお勧めします。

自分の長所がない人はどうすればいい?

先に私は自分の長所を見つけることが
大事だと申しましたが、
中には「自分に長所なんてない」
「社会に認めてもらえる才能なんてない」
と感じている方もいらっしゃるかと思います。

正直、10代の私もそんな感じで、
自分は完全に社会のクズ、
落ちこぼれの役立たずなんだだと思いながら
暗ーい日々を過ごしていました。

そんな私の経験からして、
自分の強みを見つける最も有効な方法は
子供の頃の自分の姿を思い出してみることです。

あなたが子供の頃、一番好きだったことはなんでしょうか。

自分ではそれほど頑張ったつもりでないのに、
人からよく褒めてもらえた経験はなかったでしょうか。

私の場合、これらに当てはまるのが
絵を書くことと、パソコンを使って
オリジナルのゲームや
WEBサイトを作ることであり、
前者は今の趣味に、後者は今の仕事につながっています。

繰り返しになりますが、
全く三つ子の魂百までというわけですね。

特に何かが「好きだ」という感覚はとても大事で、
私の専門分野であるWEBプログラミングでも、
やっぱり遊びのように楽しみながら
取り組んでいる人が一番速いスピードで成長します。

また余談ですが、
このことに関連した名言として、
私が尊敬する任天堂の故・岩田元社長も
次のように述べています。

私が見つけた「天才の定義」があります。
「人が嫌がるかもしれないことや、
人が疲れて続けられないことを、延々と続けられる人」、
それが「天才」だとわたしは思うんです。

(引用元 : 「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」136ページ より )

好きこそものの上手なれ。

人からなんと言われようと、
自分が心から好きだと言える何かを思い出して
それを大事にしてあげてください。

おわりに

そもそも今回この記事を書こうと思ったきっかけは
NHKでひきこもり特集をやるという話を聞いて、
自分も引きこもりになっていてもおかしくなかったと改めて感じ、
その上で、自分の体験をオープンにすることで
同じような悩みを持つ人に対し
何か役に立てるのではと思っての事でした。

コミュニケーションの権威でもない自分の言葉が
どれだけ人様に影響を与えられるのか、
甚だ頼りなくは思いますが、この記事の存在が
昔の私と同じようにコミュニケーションの問題で悩んでいる人の気持ちを
少しでも前向きにするきっかけになれば本当に幸いです。

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