15年来のファンが考える、ジョジョがカルト的人気漫画になれたワケ

はじめに

二週間ほど前のことだったが
何気なくテレビのニュースを見ていたら
不意によく見知った漫画家の顔が出てきた。

そう、東京2020
オリンピック・パラリンピックの
公式アートポスターを浦沢直樹先生と並んで手がけた
「ジョジョの奇妙な冒険」の作者荒木飛呂彦先生だ。

荒木飛呂彦氏『ジョジョ』モチーフに東京2020公式アートポスター制作「金メダルがたくさんとれるように」 | ORICON NEWS

この知らせに対し、
人生の半分以上をジョジョファンとして
生きてきた私は一種の感慨深さを感じるとともに
心の中にある小さな疑問を感じていた。

「ジョジョはいつから
こんな風に日本を代表するマンガの
一角扱いされるようになったのだろうか」
と。

というのも当時中学生だった私の周囲には
ジャンプを読んでいる学生こそ多かったものの
ジョジョは「絵がごちゃごちゃして気持ち悪いし」
「話も意味不明」だから読み飛ばしている
という生徒が圧倒的に多数だったし、
そんな状況だから
ジョジョについて語りあえたのも
当時の私を含むマニアックな
オタクグループの数人の間でだけのことだった。

また、私が体験した
ジョジョに対する世間一般の見方についての
印象的なエピソードがもう一つある。

あれは私が高校生の頃だったが、
道徳の授業の空き時間か何かに
教師がネットで見つけてきた
「漫画の名言集」的な動画を
プロジェクターでスクリーン上映したことがあった。

その授業で流された動画の内容は
漫画の名言の下に発言者名と
元ネタの作品名が記されたスライドを
BGM付きで切り替えていくという
チープなものだったが、
問題はその動画の中に、
スラムダンクやワンピースといった
誰もが知る超メジャー級作品に交じって
ジョジョの名言が含まれていたことだった。

最初のうちは安西先生や
ルフィの名言に「おぉー」とか
「うんうん」みたいな
肯定的な反応を示していた生徒たちだったが
ジョジョの名言が映し出されると途端に沈黙し、
一瞬の間を置いた後明らかに「これってネタ枠だよね」的な
くすくす笑いをし始めたのだ。
(ちなみにその時映し出されたのは
ジョルノ・ジョバァーナの
「覚悟とは!」で始まる例の名言だった。
ちなみに動画の製作者はネタ枠ではなく
大真面目にジョジョの名言をチョイスしていたように思う)

当時、今以上にジョジョに入れ込んでいた私だったが
その空気の中で一人だけ違う態度をとる勇気もなく、
へらへらと追従笑いをするしかなかった。

これは今思い返せばほんの些細な事なのだが
しかし自分の好きなものが
公衆の面前で笑い物にされるというのは
やはり気分の良いものではなく、
その日一日中、心の奥にずっと
もやもやとした感情を抱えながら
過ごすこととなってしまったのだった。

そのようなちょっぴり苦い経緯もあり、
私は長らくジョジョという作品に対して
「ハマる人はめちゃくちゃハマるが
決して一般受けしないくさやのような漫画」

という固定イメージを抱き続けてきた。

そしてだからこそ現状における
各メディアのジョジョの持ち上げ具合に対しては
一ファンとして嬉しく感じる反面、
心のどこかに「なぜ?」と引っかかるものをも
感じずにはいられなかったのだ。
(もっとも私の学生時代に
連載していたのはファンの間でも
大きく賛否が分かれる第6部〜7部序盤の時期だったので
もしこれがシリーズで最も人気が高い
3部~4部の時代だったら
もう少し状況は違っていたのかもしれない。)

さて、そのようなわけで本日は
私が抱いてきたこの疑問を解消するため、
そして私と同じような疑問を感じている
古参のジョジョファン(いるかな?)のために
「ジョジョが日本を代表するマンガの
一角扱いを受けるようになった要因
」を
複数の視点から考察してみようと思う。

おそらくごく一部の人しか楽しめない
かなり誰得な記事になるかとは思うが
もしお付き合いいただければ幸甚だ。
それではどうぞ。

パラダイムシフト説

向かい合った二人の人物と脳のイラスト

まず一発目はマクロの視点から
「パラダイムシフト説」を提唱してみたい。

音楽やドラマがそうであるように
時代が進むにつれて
世間の価値観が多様化したことで
人々が好むジャンルが細分化されて
これまでのニッチがニッチで無くなり
ジョジョのニッチさが相対的に
広く受け入れられるものとなった

というのがこの説の骨子だ。

振り返ってみればこの2、30年というもの
政府やメディアや業界はそれまで
日本の成長を支えてきた
製造業の衰退と反比例するかのように
漫画やアニメなどのサブカルコンテンツを
日本を代表する産業の一つとして
世界に発信していこうという
所謂「クールジャパン戦略」
精力的に推進し続けてきた。

こうした活動が実を結んだのかはわからないが
結果として、90年代以前は表立って公言することすら
憚られていた※という「オタク」のイメージは
2000年代後半ごろを境に確実に向上し、
特に私より若い世代においては
人前で漫画やアニメの話をして
オタクだと思われるのが恥ずかしい
という人に出会うことは本当に珍しくなったし
むしろ積極的に「私オタクなんです」
とアピールする人が増えた実感すらある。
(※参考:https://togetter.com/li/884305)

そして、こうした
マクロレベルでの変化があったからこそ
今回のオリンピックの公式アンバサダーに
アニメや漫画のキャラクターたちが起用され、
ひいては荒木先生による
ポスターイラスト制作企画まで
話が繋がったのではなかっただろうか。

とはいえこの理屈だけでは、
ジョジョが現在の評価に至った
理由を説明するにはまだまだ不十分だ。

よって次の項目からは
よりミクロな視点に目を移しつつ
ジョジョが現在の評価に至った理由を
分析してみようと思う。

ジョジョのリアタイ世代が働き盛りの年齢になったから説

札束をもった女性の画像

ジョジョがジャンプ誌上で
連載を開始したのは1987年のこと。
ジャンプのメイン読者層が10~15歳なので
つまりジョジョの連載開始を
リアルタイムで見届けた層は
2020年の現在、43~48歳前後
年齢となっている計算になる。

また、シリーズの中でも
特に人気の高い3部や4部(1990年~1995年)の場合、
それよりも当然年齢層は下がるが
それでもまだ35歳前後の年齢に留まっている。

そしてこの事実は同時に
「ジョジョのファン世代が社会的に
強い影響力を及ぼす立場になった」
ということも意味している。

30代から40代といえばまさに働き盛り。
10代20代よりも所得が増え、
自分の好きなことにより
大きなお金を使えるようになる年代だ※。
(※子育て世代はそうとも限らないかもしれないが)

これらの層が食いつきやすい上に
グッズ投資額の大きい熱心なファンが多い「ジョジョ」は
売り手からすれば見逃す手のない有望市場であり、
結果としてゲーム化やアニメ化、実写映画化、
ジョジョ展の開催、スマホや時計のような
高価なコラボグッズの販売など
ジョジョ関連の経済活動が一気に活性化。

そうなるとそれらの宣伝のために
雑誌やテレビなどのジョジョの特集が組まれたり
非オタク層にも影響力のある芸能人※が
ジョジョファンを公言するなどの機会が増え、
結果として世間一般のジョジョに対するイメージを
大きく向上させる役割を果たしたのだと私は見ている。
(※(例)ケンドーコバヤシさん、ディーン・フジオカさん、中川翔子さんなど)

熱心な固定ファンを多数獲得できたから説

ひとつの置物についていく大量の置物の画像

ジョジョには作品に強く入れ込み、
グッズが出れば金に糸目をつけず買いまくる
いわゆる「信者」と揶揄されるような
熱狂的なファンが少なくない。

アンケートハガキの結果が
低調だったにも関わらず
ジョジョが20年にわたって
ジャンプ誌上の激しい座席争いに
残り続けられたのは
こうした固定ファンによる
コミックスの一定した売上が
あったからこそだろう。

しかし一体なぜ
ジョジョはこうした熱心なファンに
特別恵まれることが出来たのだろうか?

その理由を更に突っ込んで考えてみよう。

単純に漫画として面白かったから

身もふたもない話だが
もしジョジョがつまらない漫画だったならば、
そもそも熱心なファンがつくことはなかっただろう。

私がジョジョを初めて読んだのは
中学一年の頃だったが
努力や根性ではなくロジックを重視した
論理的なバトルの描き方や
安易に一度死んだキャラを復活させる
ようなことをしないシビアさ、
随所に感じられる文学性に
子供ながら深く感動して、
心からこの漫画の続きが読みたいと思ったものだった。

また、同時代の多くのバトル漫画と違って
強さの表現が直線的でないところにも感心した。

ジョジョには「戦闘力」や「超人強度」、
「巫力」※のようなキャラクターの強さを
明確に表現する数字が一切登場しない。
(※これらの作品をdisるわけではない。念の為。)

たとえ自分より力が強い相手でも
機転と相性次第で打ち倒すことができる。

こうしたジョジョの哲学(?)は
「主人公チームは最終的に主人公が最強で
敵は後に出てくるものほど強いのが当たり前」という、
ごく一般的な少年漫画ばかり見てきた
当時の私にとってとにかく衝撃的だったのだ。

中でも度肝を抜かれたのが4部の最終戦。

手練れ揃いの主人公チームを
ほぼ一方的に虐殺できるラスボスの最終能力を
何の能力も持たないただの小学生が
勇気と機転だけで突破したまさかの展開には
ジョジョと荒木先生の底力を見せられた思いだった。

少年漫画の王道をきっちり押さえていたから

ジョジョはその
尖った作風から勘違いされがちだが
週刊少年ジャンプに掲載していた
部(1部〜6部)に限ってみれば
作品の中で描かれているテーマや
物語の構造は実はかなりシンプルだ。

物語の核となるテーマは
仲間同士の友情や家族の絆、
危険に満ちた大冒険、
正義と悪の戦いといった
誰もが共感できるものばかりであり、
この点についてはワンピースや
ドラゴンボールなどとも変わりがない。

物語の構造についても
基本的に善VS悪という
明快な二項対立構造が貫かれており、
さらに「味方の裏切り」や「敵が味方になる」
といった展開も他の漫画と比べてかなり少ないので
読者は常に「誰を応援すればいいか」が
明確な状態で作品に集中することができる。

要するにジョジョは
そのイメージよりもずっと読みやすく、
間口の広い作品であるはずなのだ。

それなのになぜ
多くの人がジョジョに対して
読みにくい、とっつきにくい
というネガティブイメージを
抱いているのかといえば
それはひとえに
絵や表現に関する荒木先生のセンスが
非常に癖の強い、人を選ぶものだからという他ない。

海外美術やホラー映画、
洋楽などの影響を強く受けた
荒木先生の画風や演出、構図、
ポージングはジャンプに載っていた
他の漫画と比べて明らかに異質だったし、
人間には見慣れないものを警戒する
本能がある以上、
どうしてもそういった異質な漫画は
入り口から警戒されてしまいがちになる。

またジョジョはその連載中、
「新規読者獲得のツール」
として最も強いパワーを持つ
「アニメ化」の機会に(リアルタイムでは)
とことん恵まれてこなかった。

最も人気の高かった第三部ですら
初のアニメ化は地上波に流れないOVA形式。
さらにその内容も後半だけをダイジェストするという
明らかにコアなファンだけに的を絞った内容だった。

「北斗の拳」や「るろうに剣心」など
アニメの存在が原作の人気を
大きく後押しした例は枚挙にいとまがなく、
こうした要因もジョジョが長らく
表舞台に出られなかった
大きな原因のひとつだったと思う。
(もっとも動物が惨殺されたり
人間の身体が欠損する場面が頻発するジョジョを
深夜枠以外で地上波放送でもしようものなら
PTAにボコボコに叩かれて
速攻で再起不能になっていただろうから
これはある意味仕方ないことでもあるのだが

一般人気がないが故にファンの優越感情を刺激した

上の段落ではジョジョが
長い間メジャーになりきれなかった原因を
荒木先生の尖りすぎた感性に求めた。

しかし玄人好みという言葉があるように
癖の強いものは人を選ぶ反面、
一度選ばれてしまえば
一般受けする癖のないものよりも
強く長く愛されやすいという特徴がある。

他の多くの人が見向きもしないものの価値を
自分だけがわかっているという状況は
一種の優越感を生むし、
もし少数派の同志を見つければそこには
少数派同士の強い連帯感が生まれる。

これはニッチな趣向を持つ人になら
広く共感していただけると思う感覚だが、
例えばワンピースとかスマブラみたいな
メジャー作品が好きな仲間を見つけた時よりも
ジョジョとか動物番長みたいなマイナー作品が好きな
仲間を見つけた時の方が圧倒的に喜びが大きいのだ。

「え?お前も○○好きだったの!?的な。

とりわけジョジョは
・現代ほど価値観が多様化する以前の作品であったこと
・実際の面白さと一般人気に大きな乖離があったこと
・ジャンプというメジャー誌掲載で一定の知名度があったこと
など、ファンが上述したような
「この漫画をわかってる俺すごい」という
優越感情を感じやすい条件がばっちり揃っている。

優越感というとスノビズム的な感じがして
ファンとしてあまり快く
思わない人もいるかもしれないが
これは人間として当たり前の感情であり
ジョジョがコアなファンを強く惹きつけた理由の一端を
うまく説明できているように思えるのだがどうだろうか。

ジョジョとネットカルチャーの相性が良かったから説

次は再び視点を変えて
90年代後半から急速に発展したネットカルチャーが
ジョジョの認知度向上に与えた影響に目を向けてみよう。

突然だがあなたはネット文化と聞いて
どんなものを思い浮かべるだろうか?

今ならSNSやYoutuber、
まとめサイトなどを思い浮かべる人が
多いかと思うが、1990年生まれの私にとって
ネット文化といわれて最初に思い出すのは
2000年代初頭に流行した
Flash、2ch、コラ画像などの
黎明期のネットカルチャーだ。

そしてジョジョはここで挙げた
3つのカルチャーすべての中に
その姿を認めることが出来た。

まずFlashについては
当時大手だったオラサイトや
小小作品などにジョジョパロを
取り入れたものが見られたし、
2chでは大量のジョジョAAが制作されて
ありとあらゆるスレッドで頻繁に使用されていた。

小小作品の棒人間がロードローラーに乗ったキャプチャ画像
小小作品×ジョジョの一例

コラ画像については
コラ職人と呼ばれる人々が
ジョジョと他の作品を組み合わせたコラ作品を
自サイトやコラ画像を専門に扱うサイトなどに投稿し、
時にはその活動の中で新たな
独自コミュニティが生まれることもあった。

Youtubeもニコ動もない時代、
ネット上の娯楽の中心だったこれらのコンテンツが
ジョジョの存在を若年層に広める上で
果たした役割はもしかしたら
下手な企業広告よりもずっと大きかったかも知れない。

実のところ私も
ジョジョの存在に触れたのは
オラサイトのFlashにあった
億泰の「兄貴ィ~~!」のコマを
ドラえもんでコラしたものを見たのが最初だったし、
ジョジョを読みはじめたきっかけも
当時お気に入りだったサイトに
ジョジョのコラ画像が沢山掲載されていて
「こんなにコラを作る人が多いということは
きっとそれだけ面白い漫画なんだろう」と考えたからだった。

またネット発の
ジョジョを題材にしたコンテンツといえば
「ディアボロの大冒険」の存在について
語らずに済ますわけには行かないだろう。

「ディアボロの大冒険」は
2007年3月にリリースされた
不思議なダンジョンシリーズの
ゲームシステムをベースとする
PC向けのフリーゲームだ。

このゲームは諸事情により
現在はすでに配布を終了しているが
・原作愛あふれる再現度
・簡単なストーリー付き
・絶妙な難易度設計
・遊べるダンジョンは4種類
という市販ゲームと比べても
遜色のない完成度であり、
当時のジョジョファンを中心に
一時期かなりの話題を集めていた。
(※ちなみに公開終了後の現在も
「ディアボロの大冒険 ダウンロード」
などで検索するといくつか
ダウンロードサイトが見つかるが
これらのデータにはPCに危害を加える
マルウェアが仕込まれているなどの
被害報告が出ているため
絶対にダウンロードしてはいけない(戒め))

ここまでに挙げたジョジョにまつわる
ファンの活動を振り返った時、
私が特に興味深く思うのは
これらの活動の多くが個人的利益ではなく
ジョジョという作品に対する
純粋な愛着を動機として行われていたということ
だ。

現実には一銭にもならないのに
多くの人たちが多大な労力を注ぎ込んで
こうした活動に取り組んだのは
ジョジョにそれだけの魅力と
ネタにしやすい強烈な個性があったからこそだと思う。

意外と女性ウケも悪くなかったから説

これは私の実体験からも言えることだが
ジョジョは意外と女性ウケが悪くない。

まず信頼できる数値的なデータとしては
2018年に約17000件のジョジョファンに関する
ビッグデータを利用して実施された
ジョジョサピエンスのアンケート結果がある。

参考:ジョジョサピエンスとは?ビッグデータで究極のジョジョ人間作成!荒木飛呂彦も参加 | TECH::NOTE

このデータによると
ジョジョファンの男女比は
予想外の(ほぼ)50:50。

アニメや映画による
新規参入の影響があったとはいえ
これは私にとって(そしておそらく多くの
古参ジョジョファンにとっても)かなり意外な結果であり、
正直私はそれまでジョジョファンの男女比は
良くて8:2か下手すればもっと女性が
少ない割合なのではないかと考えていたくらいだった。

だが、思い返してみれば
女性のジョジョファンの存在には
間接的にも直接的にも
案外思い当たる節がある。

有名どころで言えば
中川翔子さんや乃木坂46の西野七瀬さん、
迫力満点のジョジョコスプレで
大きな話題を呼んだ叶姉妹などが
ジョジョファンの女性芸能然として有名だし、
同じ漫画業界だと
女性漫画家ユニットのCLAMPが
あっち系のジョジョ同人誌を
同名義で出版するくらいの
熱烈なジョジョファンとして知られている。

また私の実体験では
以前職場にいたサブカル好きの女性の先輩が
新幹線で2時間以上かかる東京まで遠征して
ジョジョ展に参加するほどのジョジョ好きだったし、
もう少し古い記憶だと昔通っていた
デザイン系の専門学校でクラスの女子グループが
ジョジョの話題で盛り上がっていたのを見かけたこともある。
(ちなみにその後、同グループの女子の一人に
ジョジョで一番好きなキャラが誰かと聞いたら
満面の笑顔で「アヴドゥル!」という
意外な答えが返ってきたことを
今でも鮮やかに記憶している)

ではなぜジョジョは
男性に比べてオタクの絶対数が少ない
女性層からも熱心なファンを獲得できたのだろうか?

私は女性でないから
このことについて主観的に語ることはできないし
そもそも女性という言葉で一括りにするのは
あまりに乱暴というほかないが、
ふたつ、これではないかと思うのが
「ジョジョの持つファッション性の高さ」
「作中に男らしくて格好良い
男性キャラクターが多数登場する点」
だ。

まずジョジョのファッションは
特にヨーロッパの一流ブランドの
影響を強く受けており、
かつては世界的ブランドの
GUCCIとのコラボ企画を実現させたこともある。

また荒木先生がファッションに強い
関心を抱いていたことは
ジョジョ六部の登場人物の名前に
高級ブランドの名前が数多く
使用されていることからも明らかだ。
(例:エルメェス(HERMES)、アナスイ(anna sui)、グッチョ(GUCCI)など)

こうしたファッションへのこだわりが
ファッションに敏感な女性層に
響いた可能性は十分に考えられる。

次に男性キャラクターの格好よさについては
第三部の空条承太郎や
第五部の護衛チーム、暗殺チームの面々を
思い浮かべてもらえればわかりやすい。

彼らは西洋的な顔立ちでスタイルが良く、
それぞれに強い信念があり、
さらに仲間思いという
女性に受けやすい要素をこれでもかと持っている。

特に承太郎は日米ハーフで高身長、
性格は硬派で女性に優しく、
さらに博士号を取るほど頭も良くて
おまけに喧嘩も強いという
もし現実に存在していたら
私たち平凡な男達は嫉妬心で
舌を噛み切りかねないほどの完璧超人だ。

そんなかっこいいキャラクター達が
おしゃれなファッションを
身に纏ってかっこいいセリフとともに
死闘を繰り広げるのだから
そこに夢中になる女性がいても
なんらおかしいことはないのだろう。

そして男性だけでなく
女性からも支持があるという事実は
様々なメディアが男女平等を耳が痛くなるほど
喧伝している昨今において大きなプラス要因であり
ひいてはジョジョが今の立ち位置を築く上で
大きな一助となったものと私は考えている。

日本でもトップクラスの長寿連載作品だから説

ジョジョのコミックスがぎっしり詰まった本棚

ジョジョは今年で連載開始から
34年目に突入し、コミックスの累計巻数は
ジョジョリオン22巻まで合計すると
全部で126巻という恐ろしい数となっている。

100巻以上刊行している漫画作品 – Wikipedia

これは漫画業界全体で見ても
トップ10に入る凄まじい記録であり、
ジョジョに日本を代表する漫画に加えても
違和感を与えないだけの貫禄を与えている。

こうしたジョジョの
長期連載を支えてきたのは
シリーズごとに主人公や
物語の時代設定が一新される
世代交代システムだ。

このシステムは実に巧妙で、
シリーズが変わるたびに
設定が一新されるので
読者がマンネリを感じにくく
時代の変化に伴う
描くべきテーマやニーズの変化にも
柔軟に対応することができる。

加えて各シリーズ間が
完全に独立しているわけではないので
一貫した「ジョジョ」のブランドは保たれるし
過去の部のキャラクターを再登場させたり
過去作に登場した家名、キャラクター名だけを
再登場させるなどといった
古参ファンへのファンサービスも
自然に行うことができる。

もっともこのシステムは
作品名は変わらないとは言え
読者にとってはシリーズが変わるたびに
それまで応援していたキャラクターも
一部を除いて一新されてしまうので
かなりリスクの高い博打でもある。

それでもなおジョジョが
このシステムを取り入れて成功できたのは
荒木先生と編集部に
よほどの先見の明があったからこそだろう。

担当編集者が有能だったから説

ONE、筒井哲也、戸塚たくすなど
かつて一斉を風靡した
人気ネット漫画家のほとんどが
大手出版社と組んでさらに大きな成功を収めるか、
漫画の道を諦めて別の道に進んで行ったことを思うと
漫画作品の経済的な成功において
出版社とそこに所属する担当編集者の果たす役割が
どれだけ大きいのものかが伺える。

担当編集の影響という面では
ジョジョも例外ではなかったようで、
例えば初代担当編集の椛島良介氏については
荒木先生が様々な場所でその影響の大きさに言及しているし
第5部では少女漫画出身の編集者がついたことで
女性受けを意識した要素を取り入れるように
なったりといった影響が見受けられた。

漫画編集者は普通、お昼過ぎから出勤する。
20数年前、ぼくが原稿を
集英社に持ち込んだのはご縁中だった。

だが、たまたまひとりだけ出勤していて、
その人に原稿を見てもらった。

彼は『ジョジョ』の初代編集者であり、
彼の意見と影響はあまりにも大きい。

午後に行ってれば、きっと違う編集者で、
その人の影響を受け、違う作品になっただろう。

(ジョジョの奇妙な冒険ストーンオーシャン16巻著者コメントより)

https://xtrend.nikkei.com/atcl/trn/pickup/20121009/1044420/?P=3

また荒木先生のデビュー作
「魔少年BT」はその連載を椛島氏以外の
当時の編集部員全員が反対していたらしく、
椛島氏がそこをなんとかと
骨を折って連載が決定した経緯があったという。

「魔少年ビーティー」は
一番最初の週刊連載作品である。

第一話が完成してから掲載されるまで
一年から一年半かかっている作品で、
というのも第一話のネームの
編集部ウケが最低に悪かったからである

(中略)

実際、当時の担当編集者の
椛島さんは未だに言う。

「オレ、あれを連載させるのに、
本当苦労したよ。
編集部ほぼ全員が反対するんだものよォー!」

(文庫版魔少年ビーティー「あとがき」より)

荒木先生はこの連載の原稿料のおかげで
故郷仙台から東京へと職場を移すことができ、
そこで様々なファッション、
カルチャーと出会ったことで
今の「ジョジョ」が生まれた。

そのことを思えば
理解ある優秀な編集者の存在は
ジョジョの評価どころか存在そのものにおいて
絶対に欠かすことのできない要因だったのだと思う。

さいごに

以上が私の考えた
「ジョジョが日本の漫画を代表する
作品扱いされるようになった理由」だ。
最後に全部を箇条書きしてみよう

  • パラダイムシフト説
  • ジョジョのリアタイ世代が働き盛りの年代になったから説
  • 熱心な固定ファンを多数獲得できたから説
  • ジョジョとネットカルチャーの相性が良かったから説
  • 意外と女性ウケも悪くなかったから説
  • 日本でもトップクラスの長寿連載作品だから説
  • 担当編集者が有能だったから説

ひとつだけ心配なのは
現在連載中のジョジョリオンの評判が
賛否両論…もとい
ネットレビューだけ見れば
お世辞にも良いとは言えないことだ。

魅力的な味方の不在や
感情移入しづらいキャラクター、
複雑すぎて後味のすっきりしない
スタンドバトルの駆け引き、
物語の進行の遅さなど
個人的に感じる疑問点が多々あり、
20巻の大台を超えた今、
これから物語がどのように収束していくのか
期待半分不安半分といったところである。

とはいえ部分部分で見れば
他のシリーズにはない魅力もあるし
何よりこれまでとは違う全く新しい切り口で
ジョジョを描こうとする意気込みは伝わってくる。

ジョジョのよさは
ひとつの成功例に固執せず、
常に自らを変化させ続けてきたこと。

荒木先生には今後も是非
そのスタイルを曲げずに貫いて、
私たち凡人の予想をはるかにぶっ飛び超える
未知のジョジョ・ワールドを描き続けていってほしいと思う。

…でも個人的には
そろそろスタンドがでてこない
荒木漫画を読んでみたいとは思うけどね。

最新情報をチェックしよう!