絶対に受けたくない!ヤバ過ぎて封印された8つの異常な医療行為

ホラー・恐怖系

はじめに

現在のように高度な教育を受けた
専門の歯科医が存在していなかった中近世のヨーロッパに
歯抜屋という街頭での抜歯を専門に行う業者が存在していました。


(ヘリット・ファン・ホントホルスト《抜歯屋》1622年)

麻酔の無かった当時、
「我こそは無痛で歯を抜く技術のある者なり」と吹聴して
客を集めていた彼らですが、一部にはなぜか
音楽隊を引き連れて商売をしていた者がいたそうです。

「歯を抜くのに、なんで音楽隊?」
と一見首をかしげてしまいそうになるこの取り合わせですが
あなたにはその理由がなぜだか分かりますでしょうか?

客寄せのため?
それとも、楽し気な音楽で
患者の緊張感を和らげるため?

…そうした理由もあったのかもしれませんが、
しかし、それ以上に彼らにとって重要だったのは
歯を引き抜く際に患者が痛みで発する絶叫を
大音響の演奏でかき消して、後の仕事に
余計な支障を来たさないようにすること
だったのです。

つまり彼らの「痛くない」という謳い文句は
殆どの場合ただのセールストークでしかなく、
実際のには叫び声をかき消す手段が必要になるくらいに
もの凄ーく痛い施術だったようです。

このように昔の時代には
現代の感覚からすると到底信じがたい
野蛮とすら言える医療行為がいくつも存在していたのですが、
本日はその中から特に私が興味深いと感じた
8つの驚くべき医療行為をそれが行われた歴史的背景や
エピソードの紹介等を絡めつつ解説してみたいと思います。

話題が話題ゆえ
中には少々刺激の強い描写も含まれますが
本記事を最後まで読めば
人に話せる雑学のレパートリーが増え、
なおかつ過去の悲惨な医療の実態を知ることで
現在の進歩した医療に対するより一層の
感謝の念を抱けるようになるのではないかと思います。

それでは、覚悟が出来たなら進みましょう。

瀉血

瀉血(しゃけつ)とは、メスなどを使って腕の血管を切り開き、
血液を人為的に体外に排出する治療法です。

正確な起源は不明ですが
紀元前のエジプト、バビロニア、インドなどで
既に瀉血が行われていたと考えられており、
中世以降では主にヨーロッパやアメリカの医師の間で
熱や下痢、頭痛などに効く万能の治療法として熱心に支持され、
日常的に実施されていた歴史があります。

現代では先に述べたような症状に対して
殆ど効果がないことが分かっている瀉血ですが、
それにも関わらず長期間行われ続けていた理由としては
第一に古代以来、病いが体液の過剰の結果だと
捉えられていたことがあり、
第二に古代ローマ時代の医師ガレノスが提唱し、
当時広く信じられていた四体液説の存在があります。

四体液説とは人間の健康が
「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」の4種類の体液の
バランスに基づいて決定されるという考え方で、
瀉血にはこれらの体液のバランスを整えて
体を健康な状態に導く効果があると考えられていたのです。

長らく歴史から忘れられていたこの理論が
ルネッサンス期以降矢庭に注目されるようになったことで
体液量を直接コントロールできる瀉血法も
セットで普及したというわけだったのですね。

しかし十九世紀に入って
フランスのピエール=シャルル・ルイという医師が
当時流行していた結核や腸チフスの治療に
瀉血法が全く無意味であることを数値的に証明すると
それ以後瀉血法はいたずらに病人の体力を
消耗させるだけの疑似医療であるとして
急速に過去の遺物と化していったのでした。

ちなみに瀉血治療を受けて亡くなった有名な人物の中に
アメリカ建国の父ワシントンや楽聖モーツァルトらがいますが
特にワシントンの場合には扁桃炎の治療の一環で
受けた瀉血で2.5L~4Lという
アカギも真っ青な量の血液を抜かれたことが記録されており、

現在ではむしろそのことが瀕死のワシントンに
とどめを刺したのではないか
と考えられています。

ソース・出典

瀉血 – Wikipedia
身体をめぐる断章 その15  血液の神秘
ニッポニカ | 輸血の歴史
>血を抜かれ過ぎて…「アメリカ建国の父」の意外な死因(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社

始皇帝の水銀を飲む健康法

水銀といえば水俣病をはじめとする
多くの深刻な公害の原因となったことから
今では特に人体に触れる製品への利用が
法律で厳しく禁じられている有害物質ですが
中華最初の統一者である秦の始皇帝(BC259~BC210)が
なんとこの水銀を健康のために
自ら進んで口にしていたという説があるというのです。

いくら大昔のことととはいえ、
わずか0.2~0.4gで致死量に達する水銀を
時の最大権力者である皇帝が自ら口にしていただなんて
俄かには信じがたい話なのですが、
このような推測が持ち上がったのには
大きく次の3つの理由があります。

まず第一の理由は秦より少し下った時代のことですが
練丹術という不老不死の薬を作る技術が出てきていて
そこで実際に硫化水銀が
主原料として使われていたことが分かっていること。

次に2つ目の理由は司馬遷の歴史書『史記』に
晩年の始皇帝があらゆる手を尽くして
不老長寿の薬を探させていたとの記述があったこと。

そして最後に3つめの理由は、同じく『史記』に
始皇帝が生前から建設を命じていた自身の陵墓に
水銀が流れる100本もの川を造らせていた
という、
水銀への強い執着を感じさせるエピソードが存在していることです。

そしてこれらの3つの理由を組み合わせて考えてみれば
始皇帝が長寿の薬として
日常的に水銀を服用していたとしても
全く不自然ではないというわけですね。

ちなみにいかにも作り話臭い
水銀の川のエピソードですが
実はこれにはれっきとした科学的裏付けがあり、
1974年に発見された始皇帝の陵墓で行われた
探針を用いた調査の結果において
自然界よりも100倍も濃度が高い水銀が発見されていたりします。

ただ、こうした証拠があるからと言って
始皇帝が水銀中毒で早死にしたのだと
決めつけてしまうのはやや早計かもしれません。

例えば水銀には防腐作用があるにも関わらず
始皇帝の死後に腐臭があったという記述があることから
実際の死因は水銀中毒ではなく
別の毒物による毒殺だったのではないか
と指摘する声が上がっていたりもするのです。

このように推測はあくまでも推測でしかなく、
2000年も前に亡くなった人の死因について
確かに言えることなど何もないのですが、
当時の中国の状況や始皇帝の敵の多さを考えると
仮に水銀に本当に不老長寿の効能があったとしても、
暗殺やらなんやらで残念ながら
結局大して長生きは出来なかっただろうと思われます。

ソース・出典

始皇帝 – Wikipedia
中国史にみる水銀鉱
水銀は毒であることは周知の事実。でも昔は薬として使われていた。 | 札幌中央区皮膚科 宮の森スキンケア診療室

ウィンスロウ夫人の鎮静シロップ

もしあなたが
小さなお子さんの夜泣きや癇癪にお困りならば、
かつて欧米の母親達の間で人気を博した
ウィンスロウ夫人の鎮静シロップが役に立つかもしれません。

もっとも、モルヒネとアルコール入りなので
使われた子供は永遠に静かになってしまうかもしれませんが。

ウィンスロウ夫人の鎮静シロップは
当時すでに看護師として30年以上のキャリアを積んでいた
ウィンスロウ夫人(Mrs. Chalotte N. Winslow)
1920年代に考案した乳幼児向けの鎮静剤です。

1849年に彼女の義理の息子であるジェレミア・カーティスと
そのパートナーであるベンジャミン・A・パーキンスによって
「ウィンスロウ夫人の鎮静シロップ」の名で商品化されると
育児疲れに悩んでいた母親たちの間で瞬く間に支持を集め、
後の裁判におけるカーティスの証言によると
最盛期には年間150万本以上を売り上げる人気があったとされています。

しかし先述したように
このシロップには1オンス(28g)あたり
65mgのモルヒネとアルコールが含まれており、
これは小さじ一杯でも小さな子どもにとっては
致命的となりうる分量であったため
結果として少なくない子供たちが命を落とす原因となりました。

しかしながら驚くべきことに
この製品はその危険性にもかかわらず
19世紀中には販売停止にならず、
20世紀に入り1911年に米国医師会から
「Baby Killers(赤ん坊殺し)」との非難を受けてもなお
販売が続けられ、市場から完全に姿を消したのは
ようやく1930年になってからのことでした。

モルヒネの危険性が正しく認識されておらず、
医薬品や食品の法律が
まだまだ未整備の時代でもあったとはいえ
この薬の犠牲になった子供の数を思えば
あまりにも遅きに失した対応だったと言わざるを得ませんね。

ソース・出典

Mrs. Winslow’s Soothing Syrup – Wikipedia
近代イギリスの流行売薬の処方
Mrs. Winslow’s Soothing Syrup: The Baby Killer – Museum of Health Care Blog

ろうそくで耳掃除(イヤーキャンドル)

イヤーキャンドルとは
耳の中に長いろうそくを差し込んで火をつけ、
その熱による吸引効果で
耳の中のゴミを取り除くという民間療法です。

一説によると古代エジプトやローマ、
北アリゾナのネイティブアメリカンの間で
実践されていた歴史があるという(ほんまかいな)この治療法は
画期的な耳掃除法として20年ほど前に
日本でも注目を集めたことがあったそうです。

しかし実際のところ
その効果には疑わしい点が多く、
耳掃除による衛生環境維持のメリットよりも
鼓膜の損傷、外耳道の閉塞等のリスクの方が
はるかに大きいことが複数の信頼できる医療機関から指摘されています。

例えば2010年には 米国食品医薬品局(FDA)が
イヤーキャンドルにその有効性を示す
一切の科学的証拠がないことを指摘していますし、
2017年には米国耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が
新たに発表した耳ケアに関するガイドライン
の中で
イヤーキャンドルを「耳垢の除去に効果がなく、
耳や鼓膜に深刻な外傷をもたらす危険性がある」として
誤った耳ケア法の一例に取り上げています。

またイヤーキャンドルに限らず
「耳垢は何もしなくても自然に取れる」
「耳垢には鼓膜までの通り道を保護する役割がある」
「過剰な耳掃除は耳を痛める原因になる」等の理由から、
そもそも自主的な耳掃除は行わない方が
良いという見解を出している耳鼻科医が圧倒的多数派ですので、
たとえ耳掃除が悪魔的に気持ちの良い行為であったとしても
素人が耳にものを突っ込むのは
基本的に止めておいた方が良いのでしょうね。

ソース・出典

Ear Candling: Should You Try It?
耳掃除は不要です(きっぱり) | 金子耳鼻咽喉科
耳掃除はしちゃダメ?耳が聞こえにくくなったら、それ耳アカかも!|中央区 日本橋 神田 耳鼻咽喉科 日本橋大河原クリニック

ミイラを食べる!?万能薬として珍重されたミイラ薬

私が小学生の頃に
図書室にあった「アイスマン※」の本を
友達の机に突っ込むいたずらが
男子の間で一時流行した記憶がありますが、
そのように多くの人にとってミイラとは
幾分気持ちの悪さを感じてしまう
存在なのではないかと思います。
(※アイスマン=アルプス山脈で見つかった5300年前の男性のミイラ)

しかしかつてこのミイラが万能薬として
広く食用されていた事実があることはご存知でしょうか。

例えばヨーロッパでは
15世紀には既に目ざとい商人たちによって
エジプトからミイラを運び出すミイラ取引が
盛んに行われていたことが知られており、
そうして「輸出」されたミイラは
「奇跡の薬」として時には金にも匹敵するレートで
取引されていたと言われています。

またミイラ食の文化は
実は戦国〜江戸の時代の日本にまで波及していて、
そのことは豊臣秀吉への献上品の目録の中に
ミイラ製の薬の記載があることや
江戸中期の博物学者、貝原益軒が著した
『大和本草』という本の中に
打ち身や骨折に効く塗り薬として
木乃伊(ミイラ)の項目が
存在していることなどから窺うことが出来ます

このように長い期間、広い地域にまたがって
流行を見せたミイラ薬ですが、
医学知識の普及と原料となるのミイラの枯渇
のダブルパンチによって現在では
殆どの地域で見られることはなくなりました。

しかしいくら貴重で長寿の効能があるとされる薬であっても
人間が原料だと知ったらなんだか食べる気も
失せてしまうような気がするのですが、
その辺昔の人はあんまり気にしない感じだったんでしょうかね…?

ソース・出典

ミイラ – Wikipedia
ミイラの路上販売?1800年代のエジプトで売られていたお土産用ミイラ | Discovery Channel Japan | ディスカバリーチャンネル
江戸の人々が「エジプト産ミイラ」を薬として珍重していたワケ 単なる「迷信」というわけでもない | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
ミイラ巡る黒歴史、薬として取引、見物イベントも | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
秀吉も吉宗も、世界中の人がミイラを食べていた。

人格を破壊する恐怖のロボトミー治療

1949年、エガス・モニスという
ポルトガルの神経学者が、
ある画期的な精神病の治療法の考案者として
ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

その治療法の名は「ロボトミー手術」

別名 前頭葉切截術とも呼ばれるこの治療法は
その名の通り人間の前頭葉の一部(前頭葉白質)を
眼下から通したアイスピックやへらで
外科的に脳のほかの部分から切除し、
それによって精神病患者の情動緊張や
興奮などの精神障害を除去することを目的としたものでした。

チンパンジーを用いた実験で予め
精神を落ち着かせる効果が実証されていたこの治療法は
その対象が人間に移ったのちにも多くの患者の問題行動が
治療を通じて著しく改善されたことで医学界から高く評価され、
特にモニスのノーベル賞受賞後は折り紙つきということで
年間に2万件近い施術が行われていたそうです。

しかし、今ですらその全容が解明されていない脳という器官に
こんな乱暴な手術を施せば悪影響が出ないわけがなく、
ロボトミー手術を受けた患者の多くには
無気力や集中力の欠如、人間らしさの消失といった
深刻かつ不可逆的な副作用が生じる結果となりました。

このように今ではその危険性が広く周知され
誰も行う者のいなくなったロボトミー手術ですが、
かつてこの手術を受けた著名人のなかには
例えば第35代大統領ジョン・F・ケネディの妹
ローズマリー・ケネディのような人がいました。

幼いころより知能が低く、
成長するにつれ自己主張が強い性格となっていた彼女は
政治家一家であったケネディ家にとって
家名に泥を塗るリスクの高い存在であり、
そのことを危惧した父ジョセフが
彼女が23歳の頃に精神外科の権威である
ウォルター・フリーマンの勧めでロボトミー手術を受けさせたのです。

しかし手術は完全なる失敗で、
彼女は政治家一家にふさわしい淑女に生まれ変わる代わりに
半身のマヒや幼児退行といった様々な後遺症を背負うことになり、
それ以降家族内では半ば亡き者として扱われ
あらゆる施設を盥回しにされるという
不遇な余生を送ることを余儀なくされてしまったのでした。

また、ロボトミーに関するもうひとつの印象的な事例として、
1979年に日本で起きたロボトミー殺人事件があります。

これは元スポーツライターのS氏が
15年前に受けたロボトミー手術で人間性を奪われたとして
執刀医の殺害と自殺を目論んでその住居に侵入したもので、
当時不在であった医師の身に危害は及ばなかったものの
代わりに家にいた医師の妻と母親が
殺害されるという極めて後味の悪い結果を招きました。

しかしながら、
この事件をさらに悲惨なものとしているのが
かつてのS氏が自らの意思に反して
ロボトミー手術を受けさせられていたという点です。

一般的に得られる情報によると
S氏はかつて妹夫婦との口論の末に逮捕され、
その際に措置入院された精神病院で
ある女性と知り合ったのですが、
その女性がロボトミー手術を受けたことで
性格が変わって自殺してしまった事に義憤を感じ、
女性をの執刀医に詰め寄ったこところ
その態度が危険であると判断され
半ば強制的にロボトミー手術を受けさせられたというのです。

医者が患者に無理やり手術を施すという
到底信じたくないこの話ですが、
しかし精神病院の実体に関する黒い噂は今でもよく聞かれますし、
また60年代という時代性を加味すれば
必ずしもあり得ない事ではなかったのではないかと思われます。

あまりにも酷い精神病院の実態 | 長尾クリニックドクターズブログ

このように調べれば調べるほど
気が滅入る話ばかりでてくるロボトミー界隈ですが
これらの話に関するオチとして、
冒頭でご紹介したノール賞受賞者エガス・モニスが
65歳の時、自分の患者から銃撃さて脊髄を損傷し
身体障碍者なっていた事にも触れておきます。

因果応報の法則の存在を信じたくなるようなこの結末ですが、
こうした事実から我々が学ばなくてはいけないことは
例えノーベル賞のような権威ある賞を受賞した技術であっても
数十年後にはトンデモ医学扱いされているかもしれないということであり、
同時に必ずしも権威を妄信することなく、
どんなことでも専門家任せにしないで
しっかり自分で情報を集めて決断する姿勢を
忘れてはいけないという事ではないでしょうか。

ソース・出典

精神外科 – Wikipedia
ロボトミー殺人事件
川村内科診療所様
ロボトミー殺人事件
ロボトミー殺人事件
ロボトミー手術を受けた兵士の戦後 – WSJ
かつて精神疾患の治療法として用いられたロボトミー手術を受けた患者のビフォア・アフター写真(1940年代) (2019年2月3日) – エキサイトニュース
ノーベル賞から30年で禁忌になった「ロボトミー」とは? 中野信子氏が語る脳科学の歴史
ローズマリー・ケネディ – Wikipedia

穿頭術(トレパネーション)

今年4月に公開された山本英夫の同名漫画原作の
映画『ホムンクルス』で大きくフィーチャーされたのが
ドリルを使って健康な人間の頭蓋骨に穴をあける
トレパネーションと呼ばれる一種の人体改造手術です。

頭蓋骨に穴をあける行為(穿頭術)自体は
脳の血腫の除去などを目的として
脳神経外科の手術でもしばしば行われることですが、
トレパネーションが特異なのは
それが治療ではなく霊感や第六感に目覚めるためという
神秘主義的な目的で行われた点です。

トレパネーションのはじまりは1960年代、
オランダ人医学生のバート・フーゲス
「頭蓋骨に穴を開けることで意識が覚醒する」と主張し、
それがヒッピー、サイケ、ドラッグ文化花盛りであった
当時の空気と呼応したことで
トレパネーションのブームとべもいうべき現象が起こりました。

この時の勢いはかなりのもので、
噂によるとあのジョン・レノンもオノ・ヨーコとともに
一時期バート・フーゲスにトレパネーションの相談をしていたそうです。
(幸い未遂で終わったようですが)

一方で誰もが気になっているであろう、
なぜ頭に穴をあけと霊感や第六感の
獲得に繋がるのかという理屈の部分ですが、
これは頭に穴をあけることで脳の血流量を調整できるからだとか、
頭蓋骨が完全に癒着していない子供と
同じ脳圧になることで子供の鋭い感性を取り戻すだとか
色々と言われているのですが、概して言えることは
そのどれにも一切の確証も科学的根拠もなく、
また今ではほとんどの国でこんな危険で無意味な施術は
違法となっているということです。

ソース・出典

穿頭 – Wikipedia
山本英夫『ホムンクルス』の題材となったトレパネーション、その歴史に迫る映画『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』|字幕監修のケロッピー前田氏が語る「トレパネーション・ムーブメントは、現在も世界規模で進行中です」。
トレパン | てっちゃんのブログ

ルイ14世の抜歯健康法

太陽王の異名を持ち、72年という
フランス国王としては歴代最長の在位期間や
ヴェルサイユ宮殿の造営などで
名高いフランス国王ルイ14世ですが、
このルイ14世が健康なものも含めて
全ての歯を抜歯していたことはご存知でしょうか。

なんでも「歯はあらゆる病気の温床である」という自説を持つ
侍医アントワーヌ・ダカンの勧めによって
50歳までに全ての歯を抜歯してしまったそうです。

加えてその時の抜歯の方法というのがものすごく、
当時は麻酔がなかったため
歯は無麻酔でやっとこを使って一本一本引き抜かれ、
しかも抜いた後には真っ赤に焼けた鉄の棒を
歯茎に押し当てて消毒とした
というのだから
想像しただけでも気が遠くなりそうな痛ましさです。

もっともこの治療で本当に健康が得られたなら
まだ良かったのですが現実はその逆で、
歯を全て失ったルイ14世は
8時間もかけてドロドロになるまで
煮込んだ鶏肉などしか食べられないようになったり、
慢性的な消化不良を起こして
毎日のように下剤を飲まざるを得なくなったことで
日の排便回数が15回以上に達するようになるなど
日常生活に大きな不便を負うことになってしまいました。

また上の歯を抜いたときに、抜いた穴と
上顎洞という鼻の横あたりにある空間が通じてしまい、
そのことで上顎洞に溜まるようになった食べものが
常に腐敗してものすごい悪臭を放ち、
当時は王が何かを話すために口を開けるたびに
部屋の中に耐えきれないほどの悪臭が充満していたそうです。

そんな状態なので
家臣たちは常に香水をつけたハンカチが手放せなくなり、
宮廷の女性たちは王にキスされることを
心底嫌がるようになってしまったとか(笑)

しかし面白いのはこんなめちゃくちゃな状態に陥りながらも
ルイ14世は77年という現代人と比べても
遜色のない寿命を全うすることが出来ていたという点です。

ルイ14世がよほどタフだったのか、
それとも豊かな食生活が健康維持を助けたのか、
あるいは大穴でダカンの説が実は正しかったのか…

その理由は今となっては謎のままですが、
無麻酔での全抜歯に耐えた
ルイ14世が人並外れたタフな精神力の
持ち主であったことだけは間違いないでしょう。

ソース・出典

実はトホホな人生でした… ~太陽王ルイ14世誕生日 | 大阪の歯並び矯正治療「じゅん矯正歯科クリニック」
血みどろの西洋史 狂気の1000年 – いつまでもねんねえじゃいられない
ルイ14世と臭い
ルイ14世はかなり臭かった…? | 荘司歯科医院

おわりに

以上、『ヤバ過ぎて封印された8つの異常な昔の医療行為』でした。
どれも思わず目を背けたくなるようなおぞましいものばかりでしたね。

しかしこうした失敗の積み重ねによって
今の医療が成立しているのですから、
その点については発案者や被験者の人たちに
感謝すべき点は多いにあるのかもしれません。

それに今当たり前に行われている医療行為も
100年後の人から見れば
十分に野蛮で異常な医療行為だと
思われてしまうのかもしれないですしね。

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