退屈ブレイキング

映画、ゲーム、ホラー、ジョジョなどの話題が中心の趣味ブログ。現在月間20万PVほど。おおむね週一更新です。

身震いするほど恐ろしい…海外の怖すぎる未解決事件4選

はじめに

こんにちは、daimaです。

本日は、知れば知るほど怖い
海外の未解決事件
の数々を、
事件の経緯と有力説の解説を加えた
読み物形式でご紹介させて頂きます。

ドラマ『X-ファイル』が好きな方や、
ミステリー好きな方なら
きっとお楽しみいただけると思います。

それではどうぞ!


マイケル・C・ロックフェラー失踪事件

大財閥の御曹司はどこへ消えた?

1960年代初頭、
石油で財を成したアメリカの巨大財閥
ロックフェラー一族の若き後継者が
未開の地パプアニューギニア
忽然と姿を消し、世界を騒然とさせました。

マイケル・C・ロックフェラー

眼鏡をかけ、
知的な顔立ちをした青年の名は
マイケル・C・ロックフェラー。

名門ハーバード大学を卒業し、
何不自由無い人生を送るはずだった彼が
なぜ、25歳という若さで
この世を去ることとなったのか。

憶測が憶測を呼び、
人々は遂に、ある可能性を
口にし始めます。

「もしかするとマイケルは、
パプアニューギニアの人食い部族に
食い殺されたのではないか」
と。


原始美術と人類学に魅せられた生涯

マイケル・C・ロックフェラーと家族
(家族と写真に映るマイケル・ロックフェラー)

1938年にニューヨーク州知事、
ネルソン・ロックフェラーの
息子として生を受けたマイケルは
周囲から、将来は一族の莫大な財産の
管理・運用を行うことを期待されて育ちます。

しかしそんな期待とは裏腹に、
マイケルが心を熱くさせたのは
父がコレクションしていた
ナイジェリアやアステカ、マヤの
ミステリアスな原始美術品でした。

つまるところ、
彼は使いきれないほどの
大金に埋もれるよりも、
未開の土地に赴いて美術品の収集や
人類学的な研究を行う人生を
望むような青年だったのです。

そして1960年、
ハーバードを卒業した24歳のマイケルは、
ニューギニアに住むアスマト人(Asmat)の
芸術品を収集するために、念願だった
冒険の旅へと出かけることになりました。


アスマト人の奇妙な風習とマイケルの1回目のチャレンジ

1960年代、
アスマト族の居住地には
すでに植民国である
オランダの宣教師たちが
10年ほど滞在していましたが、
それでもまだ、外部の人間を
見たことがないアスマト人も
数多くいました。

そして、アスマト族には
西洋文明からすると禁忌とも言える
いくつかの独特な風習があったのです。

その中には例えば
お互いの尿を飲む結婚の儀式や、
同性同士での性行為
そして部族間の争いで倒した
敵の頭部を切断する首刈りや、
他の人間の肉を食べる食人行為(カニバリズム)
なども含まれていました。

しかしそれを承知の上でマイケルは、
アスマト人の主要なコミュニティである
オッツヤンプへ何人かの研究者や
ドキュメンタリー制作者らと
チームを組んで潜入します。

そしてその結果、
マイケルはアスマト人達と接触し
写真を撮ることこそ成功しますが、
最大の目的である彼らの美術品を
手に入れることには失敗してしまいます。

アスマト族に囲まれるマイケル
(現地で撮影された写真の一枚)

とはいえひとまず
ファーストコンタクトに
成功したマイケルは
そのことで俄然やる気を燃やし、
ますますアスマト人の調査や
美術品収集に意欲を
燃やすようになっていきます。


二度目のチャレンジ、そして…

1961年の11月19日、
マイケルは再びチームを結成し、
仲間のオランダ人学者と共に
沿岸からボートに乗って
アスマト人の集落がある
オツハネプへ向かいました。

しかしその帰り道、
船は運悪くスコールに遭遇し
岸からおよそ19キロの地点で
転覆してしまいます。

そしてその時マイケルは
「助けを呼びに行く」と言って、
海へ飛び込んで岸へ泳いでいき、
それを最後に永遠に
その消息を絶ってしまったのです。

その後、父のネルソン氏らの働きかけで
船やヘリコプターによる
大規模な捜索活動がなされたものの、
結局マイケルの遺体は見つからず、
公的にはその死因は溺死とされました。


彼の死は本当に”溺死”だったのか?

ロックフェラー家の
若き後継者の死は
瞬く間にメディアを賑わせ、
世間には様々な憶測が流れます。

岸に泳ぎつく前に溺れたとするもの、
ワニやサメに襲われたとするもの、
またあるいは、マイケルは実は生きていて
現地人と生活しているとするものなど…

しかし、その中で最も
人々の興味を掻き立てたのは、
食人(カニバリズム)の習慣がある
アスマト人に、マイケルが
食べられてしまったとする説でした。

そしてこの残酷な説には
それを支持する十分な証拠
揃っていたのです。

例えば1969年に
現地へ赴いたジャーナリストの
ミット・マックリンは
1958年にオランダのパトロール
アスマト人の指導者を
殺害していた
ことを聞き出し、
マイケルはそのことで白人に
恨みを持ったアスマト人に
殺された可能性が高いと推測しています。

また時は下って2014年。
ジャーナリストのカール・ホフマン
同様に現地を訪れ、
そこで聞いた話に基づいた
マイケルロックフェラーの
真相に関する1冊の本を出版します。

そして、そこに記されていたのは
オーツヤンプのあるアスマト人男性が、
白人に殺された仲間の復讐のために
偶然出会ったマイケルを殺害し
その肉を食べたとする、
事件の核心的な証言だったのです。

遺体が見つかっていない以上
事件はあくまで今も未解決ですが、
これらの証拠から現在は、
岸に泳ぎ着いたマイケルが
白人に恨みを持つアスマト人に殺され
その後、儀式のために食べられた
とする説が支配的となっています。


daimaの見解

財閥の御曹司の失踪に
未開の地に住む食人族という、
衆目を集めるのに
あまりに出来すぎたこの事件。

凄まじく恵まれた
生まれにありながら
財産に執着しなかった生き様は
立派だったかもしれませんが、
死んでしまっては元も子もありません。

命あっての物種とは
まさにこのことかもしれませんね。


参考資料

Michael Rockefeller - Wikipedia

allthatsinteresting.com

gqjapan.jp


セイリッシュ海における人間の足の連続漂着事件

足

2007年8月20日
ブリティッシュコロンビア州に位置する
ジェデディア島を訪れていた一人の少女が、
海岸を散歩中に一足の靴を見つけます。

その靴に興味を持った少女が、
中に入っていた靴下を開けると
そこにあったものは、
切断された本物の人間の足でした。

その足は、
白×青30cmのアディダス
ランニングシューズを履いており、
後のDNA鑑定によって
事件以前にうつ状態で自殺していた
ブリティッシュコロンビア州の住人男性の
右足であったことが判明します。

しかしこれは、
これから起きる本当の恐怖の
ほんの序章でしかありませんでした…


次々に漂着する『足』たち

f:id:ama46572222:20180706220017j:plain
(漂着した足が履いていた靴のうちの一つ)

先述した2007年8月20日
事件を皮切りに、セイリッシュ海近辺に
次々と切断された人間の足が流れ着きます。

足の合計は2018年までに
19を数えるまでになり、
また全てのケースで足以外の部位が
ひとつも発見されなかったことから
本件は世界中の人々の関心を集め、
あっという間に21世紀最大の
ミステリーへと発展しました。

以下に、wikipediaから引用した
足が漂着した日時とその詳細を添付します。

日時 場所 概要
2007年8月20日 ジェデディア島 30cmのアディダスの靴を履いた男性の右足
2007年8月26日 ガブリオラ島 30cmの白のリーボックの靴を履いた男性の右足
2008年2月2日 ヴァルデス島 29cmのナイキの靴を履いた男性の右足
2008年5月22日 カークランド島 青×白のニューバランスのスニーカーを履いた女性の右足。
この女性は、2004年4月にニューウエストミンスター
パタロ橋から身を投げていたことが確認されています。
2008年6月16日 ウェストアン島 男性の左足。同年2月2日に見つかった足と対になるもの
2008年8月1日 ピシュト 29cmの黒靴を履いた男性の右足
2008年11月11日 リッチモンド 小ぶりなニューバランスの靴を履いた女性の左足
2009年10月27日 リッチモンド 26.5cmのナイキの靴をはいた男性の右足
2010年8月27日 ウィドビー島 子供か女性の右足。発見時には靴も靴下も履いていなかった。
2010年12月5日 タコマ 24cmのハイキングブーツを履いた子供か小柄な成人の足。
2011年8月30日 フォールス川 白×青のランニングシューズを履いた性別不明の足。足には下腿骨が付着していた
2011年11月4日 ササマット湖 30cmのハイキングブーツを履いた男性の右足
2011年11月4日 ユニオン湖 黒いビニール袋の中に人間の足と骨が入っていた
2012年1月26日 バンクーバー ブーツを履いた人間とおぼしき遺体の一部。
2014年5月6日 シアトル 28.5cmの白のニューバランスをはいた人間の左足。
2016年2月7日 バンクーバー ボタニカルビーチで靴下とランニングシューズを履いた足が発見される。
2016年2月12日 バンクーバー 5日前に発見されたものと対になる足。
2017年12月8日 バンクーバー ジョーダン川の集落の近くに、脚の途中からつま先までの部分が靴を履いた状態で打ち寄せられているのが発見される。
2018年5月6日 ガブリオラ島 ハイキングブーツを履いた足が発見される


統計的にもありえない確率

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足首は人体の中でも
比較的脆い部位であり、
水中で肉体が腐敗する中で
足だけが体から分離する可能性は
十分に考えられることです。

ですが、足だけが19個も発見されて
他の部位が全く見つからないというのは
これまでの海難事故のケースなどから見ても
明らかに異様なことでした。

なぜ、セイリッシュ近海にばかり
切断された人間の足が集まるのか?
その理由として有力なものには、
海難事故説、犯罪説、海流説、
地震津波説など様々な説がありますが
未だ決定的な結論は出ていません。

ただ、法医学の専門家
ゲイル・アンダーソン氏は
Buzzfeed Canadaにて
・発見された足に人為的に
切断された跡はなかった。
・足は靴に包まれていたので
海生生物に捕食されることを防げた
・2007年ごろから広まった
エアポケット付きの靴が
足を浮き上がらせる役目を果たした

ことを理由として、集団殺人説や
犯罪説ではなく、あくまで
自然の働きでそうなったと
考える方が合理的だと主張しています。


事件に便乗した悪質ないたずらも

2008年6月にバンクーバー島
タイイ・スピットでやはり
切断された足が発見されます。

しかしこちらは、
白骨化した動物の脚に靴下と靴を履かせて
乾いた海藻の中に入れた偽物でした。

それ以降も似たような
偽物の『足』が複数打ち上げられており、
これらは全て、事件が有名化したことによる
面白半分のいたずらとされています。


daimaの見解。

海岸に人間の足だけが
次々漂着するという、なんとも
想像力を掻き立てられるこの事件。

同海域の海流がそうさせるのか、
何らかの犯罪組織が関わっているのか、
はたまた人間の足以外を
好んで食べる生物が潜んでいるのか、
その深層は未だ明らかになっていません。

しかしながら、
海岸で拾ったのが綺麗な貝殻や
ボトル入りの手紙ならロマンチックですが、
もしそれが(腐敗した)人間の足だったら
一生忘れられないトラウマになるでしょうね。

ともあれ本事件に対しては、
一刻も早い原因究明とこれ以上の
犠牲者の阻止(見つける側も見つけられる側も)が望まれます。

参考資料

セイリッシュ海における人間の足の発見 - Wikipedia

www.the13thfloor.tv

www.buzzfeed.com



マリー・セレスト号(メアリー・セレスト号事件)

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大西洋上の神隠し。今尚語り継がれる幽霊船の謎とは

1872年12月5日の昼下がり、
リスボンから700kmほど西の海を
ジブラルタルに向かって航行中の
デイ・グラシア号は、海上を漂流する
一隻の奇妙な帆船に遭遇します。

船体に
メアリー・セレスト(Mary Celeste)
と名前が刻まれたその漂流船は
呼びかけや信号にまったく反応せず、
デイ・グラシア号の船長のモアハウスが
小型船で内部に人を送って調べさせたところ、
内部に浸水や破壊の跡が
まったくなかったにもかかわらず、
生きた人間どころか死体すら
一つも発見されなかったのです。

そしてさらに奇怪だったことは、
キッチンに淹れたてのコーヒーと
作りかけの朝食が用意され、
船員の部屋には食べかけの食事と
貴重品を含んだ荷物が
そのまま残されていたことでした。


マリー・セレスト号に関する基本情報

事件の真相を追う前に、
マリー・セレスト号に関する
基本情報を確認しておきましょう。

マリー・セレスト号は
全長約30メートルの
2本マストを備えた帆船で、
所有者は当時38歳の
ベンジャミン・ブリッグス船長でした。

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(ベンジャミン・ブリッグス船長)

1872年11月7日、
セレスト号は1700樽の
工業用アルコールを積荷として
ニューヨーク港から
イタリアのジェノバへ出航。

この時の乗員は、
ブリッグス船長と妻のセーラ、
2歳の娘ソフィアに8名の船員を加えた
合計11名だったと記録されています

そして、船長室で発見された
日記には、セレスト号が発見される
1日前まで書き込みがされており、
少なくともその時点まで
船は問題なく航行していたことが
予想されます。

また、先述したように
船体に破壊の跡などは一切なく、
船員たちの荷物や貴重品は手付かずで
一方、唯一の救命ボートは無くなっており
ボートがあった場所には誰かが無理やり
引き剥がしたような跡が残されていました。


嘘と脚色

実は、
冒頭で触れた船内の様子のうち、
セレスト号に淹れたてのコーヒーと
朝食が残されていたという部分は、
後世の人々が広めた作り話です。

この話が広まった背景の一つに、
セレスト号の事件を下敷きとして
「シャーロックホームズ」で有名な
コナン・ドイル1884年に匿名で投稿した
『J・ハバクック・ジェフソンの証言』
という小説作品があります。

この作品の中で、
話を盛り上げるために先述した
コーヒーと朝食の描写が登場しており、
それを事実と誤認した人々によって
このような根も葉も無い噂話が
広まってしまったのです。

ドイル傑作集 2(海洋奇談編) (新潮文庫 ト 3-12)

ドイル傑作集 2(海洋奇談編) (新潮文庫 ト 3-12)


(↑ちなみに件の作品はこちらで日本語訳が読めます)


乗組員たちはどこへ消えたのか?そして最も有力な説は?

続いて、これまでに提唱された
当事件の主要な推理を見てみましょう。

海難救助金狙いのでっちあげ説

ジブラルタルのイギリス官憲は、
ブリッグズ船長とモアハウス船長が
顔なじみであったことに目をつけ、
国際海洋法で定められた
漂流船を曳航することで得られる
5000ポンドの海難救助金を目当てに、
両船長が共謀してこの遭難を
でっちあげたのではないか
と疑いました。

しかしながらこの説は、
そもそもブリッグス船長の船主権を
売却する方が利益が大きいことと、
ブリッグズ船長が事件の後に
本土に残した幼い子供に
一度も会っていないことから、
無理のある主張と見なされています。


天候の悪化説

続いて考えられたのが、
嵐や地震などの自然災害に遭遇して
パニックに陥った乗組員たちが
揃ってセレスト号から脱出したとする説です。

ですがこの説の場合は
発見されたセレスト号に
破壊の跡がなかったことと、
当時そのような大規模な災害が
起きたという記録が無かったことから
やはり可能性は低いと言わざるを得ません。


海賊による誘拐説

天候説の次に考えられたのが、
身代金狙いの海賊による襲撃説でした。

しかしこれも、
乗組員の荷物が手付かずで、
何より当時8万ドルに相当した
工業用アルコールが
そのまま残されていたことから
少々無理のある推理です。


麦角菌説

疑惑の目は、船内に残された
食料にも向けられました。

パンに幻覚作用のある麦角菌が繁殖し、
麦角菌中毒になった乗組員たちが
幻覚に襲われて海に身を投げたとする説です。

とはいえ、同時に11人全員が
幻覚症状に襲われたとは考え辛く、
また、船内に残された食料を口にした
デイ・グラシア号の船員の身に
全く異常が起きなかったことが
確認されています。


怪物襲撃、宇宙人、魔の海域説

事件が長引くにつれ、
人々はその原因を、巨大イカの襲撃
宇宙人の誘拐、あるいは
魔の海域バミューダトライアングルなどの
超常現象に求めるようになっていきます。

迷宮入りした事件には
ありがちな話ですが、これらの説は
そもそも反証のしようがないので
今回は考えないものとします。


アルコール流出によるパニック説

現在知られている説のうち、
最も信憑性が高いのがこの
アルコール流出によるパニック説です。

この説に対する傍証として、
セレスト号を調査した
デボー一等航海士は、
セレスト号の発見時、
積荷のアルコールの樽のうち
9個が破損していた
と証言しています。

また、ブリッグズ船長は
大量のアルコールの
運搬経験がそれまでに無く、
漏れ出したアルコールを見て
「船が爆発する!」
パニックを起こした可能性は
十分に考えられることです。

そしてもし、爆発が起きると
勘違いした船長が船員らに慌てて
緊急退避を指示したとすれば、
船内の荷物がそのままになっていた
ことにも、救命ボートが無理やり
引き剥がされていたことにも
きっちりと説明がつきます。

そしてこの説を信じるなら、
救命ボートに乗った船長らは
その後大西洋城を流されて、
やがて飢えや渇きによって死亡し、
遺体は全て海の藻屑と消えたと考えられます。


40年越しの暴露、フォスダイク文書

最後に、関係者(自称)の証言に基づいた、
ある一つのイレギュラーな説にも触れておきます。

マリー・セレスト号の発見から
40年後の1913年。
アベル・フォスダイクという人物が遺した
ひとつの文章がイギリスの大衆紙
ストランド・マガジンに掲載されました。

その内容によると、
フォスダイクはかつて何らかの理由で
アメリカを去ろうとしており、
その際友人であったブリッグズ船長に頼んで
事件当時のセレスト号に密乗していた、
というのです。

さらに、セレスト号の
乗組員が消え去った理由について、
次のようなストーリーを語っています。

発見の前日の1872年12月4日。
ブリッグズ船長は部下に対して
「人間は服を着たまま泳げると思うか?」
と疑問を投げかけて海に飛び込み、
辺りをふざけて泳ぎ回りました。

これを見て面白くなった
他の乗組員のうち6人が
後から一緒に海へ飛び込み、
残った二人の船員とフォスダイク、
船長の妻子の5人は船の先端に
取り付けられた特別デッキから
その様子を眺めていました。

しかし、その最中、
泳いでいた一人の船員が
苦しそうに叫んだかと思うと、
次の瞬間にサメに噛まれて
あっという間に海中へ
引きずりこまれてしまいます。

さらに、この騒ぎを聞いた
船の上のフォスダイクら6人が
海面の様子を見ようと
特別デッキの端に集まり、
デッキは過負荷となって崩壊。

こうしてセレスト号の
乗員全員が海へ投げ出され、
サメの襲撃が終わった時に
生き残っていたのは、
偶然デッキの破片の上に着地した
フォスダイクただ一人となったのです。

その後フォスダイクは
破片に乗って漂流し
消耗しながらもアフリカ沿岸に漂着。

しかしその話はあまりにも奇妙で
誰にも信じられることはなく、
フォスダイクの死後、
その友人のハワード・リンフォードが
フォスダイクの体験を記録した
文章を発見し、公表するに
至ったというのです。

フォスダイクのこの話を
検証する方法はなく、
また、密航者の存在や船から全員が
落下したことなどは正直なところ
あまりに都合が良すぎると
言わざるを得ません。

しかしながら少なくとも
フォスダイクは生前この話を
誰にも打ち明けておらず、
金や名声のための単なる
ほら話で無かったことは確かです。


daimaの見解

いまではすっかり
幽霊船の代名詞的存在となった
このマリー・セレスト号事件。

私としてはやはり、アルコールの流出による
パニック説が最も筋が通っているように思えます。

しかし、フォスダイク文章を始め、
その真相は未だ闇の中にあります。
果たしてあなたはこの事件を
どう見るでしょうか?


参考資料

enigma-calender.blogspot.com
Holly and Thorn|コナン・ドイルとM・セレスト号事件
http://roanoke.web.fc2.com/foreign/Mary_Celeste.htm


ロズウェル事件(roswell ufo incident)

事件の概要

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アメリカの農場にUFO墜落す!」

このあまりにショッキングなニュースは、
第二次大戦の爪痕がまだ色濃く残る
1947年の7月8日早朝に、
ロズウェル陸軍飛行場の報道官によって公表され
瞬く間に世界中を震撼させました。

時は遡って1947年6月14日の午後9時ごろ、
アメリカのニューメキシコ州
ロズウェル北西部の農場で働く
ウィリアム・"マック"・ブレイゼル氏は、
自身の管理する農場で
異様な爆発音を耳にします。

音の発生源を確かめるため、
馬を駆って現場へと駆けつけた
ブレイゼルの目に飛び込んできたのは、
見たこともない金属製の奇妙な残骸が
1km四方にわたって散乱している様子でした。

ゴムひも、スズ箔、丈夫な紙、
棒などで構成されたそれらの残骸には
所々に未知の言語で文字が書かれており、
火をつけても煙すら上がらなかったそうです。

やがて、これが少し前に
噂で聞いた空飛ぶ円盤ではないかと
懸念を抱いたブレイゼル氏は、
地元の保安官へ事の次第を通報。

そしてその保安官がさらに
ロズウェル陸軍飛行場へと連絡し、
農場の残骸は最終的に
事件発生から2日後の7月7日に
米国陸軍関係者によって
回収されることとなりました。


どんでん返しの連続、軍関係者による暴露

こうして人々の耳目を集めた
ロズウェルのUFO事件でしたが、
公表からわずか数時間のうちに
意外な収束を迎えることとなります。

アメリカ空軍の航空軍の一つ、
第8航空軍の司令官が前述した
プレスリリースを訂正し、
「あれはUFOではなく、
ただの気象観測用気球だった」

と公式に発表したのです。

f:id:ama46572222:20180706223809p:plain
(↑当時の記者会見の様子。軍の人間がアルミ箔のような残骸を持ち上げています)

この発表を聞いた人々は、
「なんだ、ただの気球の残骸かよ。
騒いで損したぜ」
とばかりに
ロズウェル事件から急速に興味を失い、
この事件はつかの間世間を賑わせた
小話として忘れ去られた…はずでした。

時は移って31年後の1978年。
当時残骸の回収に携わった
ジェシー・マーセル少佐が、
「実は、1947年に軍が回収した残骸は
気象衛星ではなく、本当に
宇宙人の乗り物だったんです」

まさかのカミングアウト。

軍の内部関係者の告発という
強力な着火剤を得た本事件は
再び世界の注目を浴び、
その後もUFOや宇宙人の
実在を示す新たな証言が次々と
持ち上がることとなったのです。


続々と出版されるロズウェル本、そして明かされる意外な真実

The Roswell Incident

The Roswell Incident

1980年、言語学者、作家の
チャールズ・バーリッツが
「The Roswell Incident(邦題 : ニューメキシコに墜ちた宇宙船―謎のロズウェル事件)」を出版。

この本には、90人を超える
目撃者の話が掲載されており、
その中には政府関係者がUFOから
宇宙人の死体を回収するのを見た
とするものもありました。

The Truth About the Ufo Crash at Roswell

The Truth About the Ufo Crash at Roswell

さらに1991年、
ケヴィン・D・ランドルが
The Roswell Incidentを補強した
「The Truth About the UFO Crash at Roswell」を出版。

Crash at Corona: The Definitive Study of the Roswell Incident with Exclusive Testimony on a Second New Mexico Crash Site and Ne

Crash at Corona: The Definitive Study of the Roswell Incident with Exclusive Testimony on a Second New Mexico Crash Site and Ne

また1992年、ドン・バーリナーは
UFO回収について政府機関による
高度な隠蔽があったことを示唆する
「Crash at Corona」を出版。

ここから研究者間の論争が過熱化し、
ロズウェル事件は再び世界中の
人々の注目を集めることとなります。

しかしロズウェルブームが
加熱する最中の1994年、
アメリカ空軍による一つの発表が
事件の風向きを大きく変えることとなります。

同年、ニューメキシコ州議会議に
要請を受けたアメリカ政府が
アメリカ空軍に徹底調査を要請。

それを受けたアメリカ空軍は
公式報告書となるレポート
『The Roswell Report: Fact vs Fiction in the New Mexico Desert』(ロズウェル報告:ニューメキシコの砂漠における事実とフィクション)を公表し、
ロズウェル事件で発見された金属片は
ソ連の核実験を検知する機密計画、
プロジェクト・モーガルの
衝撃波観測気球に取り付けられていた
レーダー反射板の残骸だった

と結論づけたのです。

政府の綿密な調査に基づいた
この発表には強い説得力があり、
それまでUFO説を推していた
当時の研究者たちにとって
致命的な痛手となりました。

また、墜落したUFOや
宇宙人の死体を見たという
目撃者の証言がどれも
信頼性に欠けていたこともあり、
これを境にロズウェル事件に対する
世間の興味・関心は
急速に下火となっていったのです。


daimaの見解

今も昔も、私たちは
宇宙および宇宙人に対して
並々ならぬロマンを抱き続けています。

本事件は、そんな宇宙への憧れと
米国政府が何か重大なことを
隠しているという陰謀論が合わさって
一気に巨大なムーブメントに
成長したものと思われます。

そして、1994年の
モーガル気球説によって
一応の決着がついたとはいえ
まだ宇宙人の存在を信じる人々は
少なくありません。

ただ個人的に
この事件はその真偽以上に、
現在まで続く宇宙人ブームの
先駆けとなったことと、
多くのドラマや映画などの
インスピレーション源になった所に
最大の功績があったのではと感じています。


参考資料

ロズウェル事件 - Wikipedia
ロズウェル事件の目撃談 - Wikipedia
http://gakkenmu.jp/column/11890/
目撃証言 - Myth of Roswell Incident -
www.newshub.co.nz
36 Interesting Dyatlov Pass Incident Facts
www.asios.org
ロズウェルにUFOが墜落した

ロズウェルにUFOが墜落した


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