科学の発展は狂気と紙一重か「世にも奇妙な人体実験の歴史」の要点読書レビュー

  • 2020年6月14日
  • 2020年6月14日
  • 読書

はじめに 本の概要

本日は私が最近読んだ本の中から
「世にも奇妙な人体実験の歴史」という
非常に刺激的なノンフィクション実話集をご紹介します。

「世にも奇妙な人体実験の歴史」の表紙

この本の著者は海洋生物学を専門とする
英国リヴァプール大学名誉教授であり
科学史にも造詣が深いトレヴァー・ノートン氏。

ノートン氏は本書においてとりわけ
自分の肉体を実験台とすることで
科学の発展に大いなる貢献を果たした人々に注目し、
彼らが行なった命がけの実験の記録を
以下の17の章に分けて紹介しています。

  1. 性病
  2. 麻酔
  3. 食物
  4. 寄生虫
  5. 病原菌
  6. 未知の病気
  7. 電磁波とX線
  8. ビタミン
  9. 血液
  10. 心臓
  11. 爆弾と疥癬
  12. 毒ガスと潜水艦
  13. 漂流
  14. サメ
  15. 深海
  16. 成層圏と超音速

人類の幸福に貢献した命知らずたち

さて、人体実験と聞くとおそらく多くの方が
薄暗い地下室でイかれたマッドサイエンティストが
寝台に寝そべった哀れな犠牲者に残酷な実験を
施すシーンを思い浮かべてしまうのではないかと思いますが
この本が紹介するエピソードにおいては
実験者が危険な実験に供する材料として
自身の肉体を選択しているところに最大の特徴があります。

確かに自分で自分の体を実験材料にするならば
どんな危険な実験をしても自己責任ですみますし、
実験対象の同意を得る手間も省けます。
(※ちなみに現在ではヘルシンキ宣言によって
たとえ自分の体を実験材料にする場合でも
被験者の生命、健康、尊厳に則った実験内容でなければ
ちゃんとした学術雑誌は実験内容の掲載を
許可しないようになっているそうです。)

しかし、本書で紹介されている実験の内容は
そんな「自分の体だから」という理屈を差し引いても
およそ真っ当な感覚を逸脱した過激すぎるものばかり。

・性病患者から採取した膿を自分の性器に付着させて感染実験を行なった外科医(ジョン・ハンター)
・生命に関わる症状を引き起こす寄生虫(住吸血虫)を自ら飲み込んで密輸した博士。(クロード・バーロウ)
・自分で自分の心臓にカテーテルを通した医師(ヴェルナー・フォルスマン)

などなど、想像するだけでも
身の毛がよだつような恐ろしい実験の数々を
自分の体で実際にやってしまった科学的特攻精神の持ち主たちと
彼らのにわかには信じ難い驚愕エピソードが
次から次へと登場するのだから堪りません。

また上記に挙げたエピソードの他にも
現在世界中で問題となっているコロナウイルスと同じ
伝染病であるコレラや黄熱病に関するエピソードや
ビタミンなど特定の栄養素を取らないことによる
弊害を調べるための偏食実験の記録など
私たちの日常生活に直接繋がる内容が多かった点も印象的でした。

この本から学んだこと

最初は軽い興味本位から手にとったこの本でしたが
ひとつひとつの物語が短くまとまっていてテンポよく読め、
なおかつこれまで知らなかった内容ばかりで
お値段以上にお得なお買い物でした。

また、私が本書を最後まで読み終えて特に強く感じたことは
「現代の安全で快適な暮らしが膨大な尊い犠牲の上にある」ということと
「これまでの常識を覆すような革命的な発見は例えそれが正しいことであっても広く一般的に認められるまでにかなりの時間を要する」という二点です。

前者については概ねご理解頂けるかと思いますが
後者についてはちょっと補足が必要かもしれませんね。

というのも、本書で紹介される自己実験者の中には
後に多くの人命を救う大発見をしたにも関わらず
周囲から不遇な扱いを受けたり、
その発見が認められるまでに
不当に長い時間がかかっているケースが少なくないのです。

例えば自らの体を使って
心臓カテーテルの実証実験を行ったフォルスマンは
保守的な上司の反感を買って研究室を追放されていますし、
消化器の潰瘍の原因がピロリ菌であるとした
マーシャルとウォレンの主張は従来の説を支持していた
他の胃腸の専門家たちからの激しい批判にあい、
彼らの研究成果が実際の医療の現場で活用されるまでには
実に10年以上ものブランクが空いてしまっています。
(仮に彼らの実験結果がもっと早くに認められていれば
助かっていたという命も少なくなかったでしょう…)

こうした状況はその後の結果を知っている私達からすると
「正しいんだから早く認めてあげようよ」と歯がゆくなってしまいますが
当時のフォルスマンの上司や胃腸の専門家らの立場からすると
今まで自分たちが常識としてきた知識ややり方を否定するような
新しいアイディアを(それも自分より下の立場の人間が出したアイディアを)
すんなり認めることは心理的に容易なことではなかったのでしょうね。
(脳科学的にも人の脳には自分の過去の経験や
長年親しんできた常識を実際以上に
高く評価してしまう傾向があるそうです)

ともあれ段々若者の枠から外れつつある私としては
仮に自分より若年の人の意見や
自分のやり方に反する意見であっても
それが客観的に見て正しいものであれば
ちゃんと素直に認められる柔軟さを
持つようにしていかなくてはいかんなぁと思うばかりです。

おわりに

以上、「世にも奇妙な人体実験の歴史」のレビューでした。

ページ数400ページほどで
若干グロテスクな内容もありましたが
最後まで飽きることなく一気に読み進めることができました。

特に医療系に携わる方や志している方は
興味深い内容が多いのではないかと思います。

それでは最後になりましたが、
本書のあとがきより私が特に感銘を受けた一文を抜粋して
この記事の結びに替えさせて頂きたいと思います。

完全に利他的な行動というものは存在しないかもしれないが、
こうした自己実験者の研究はそれに近いと言えよう。
彼らがどんな野心や自尊心を抱いていたにせよ、
彼らはその行動によって賞賛を受けるどころか、
批判の対象にならないとも限らなかった。

心臓カテーテルの自己実験を初めて行なった
ヴァルナー・フォルスマンは、
そのパイオニア精神のためにクビになった。

名声を得た自己実験者もいるにはいるが、
本書に登場した先駆者のうち、
何人が現在一般に知られているだろうか。

キュリー夫妻が有名になったのは
彼らの研究業績のおかげであって、
放射性物質の危険を知ってからも
その研究を続けた勇気の故ではない。

自己実験者はマゾヒスティクなわけでも
自殺志願者でもない。
彼らは勇敢な研究突撃部隊なのである。

「世にも奇妙な人体実験の歴史」の表紙
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