退屈ブレイキング

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一生に一度は読むべき本。V・E・フランクル『夜と霧』の名言集

はじめに

こんにちは、daimaです。

本日は世界的にも名著と名高い
V・E・フランクルの著書「夜と霧」の中から
特に私が感動した名言の数々を
抜粋してご紹介します。

夜と霧 新版

夜と霧 新版

夜と霧とはどんな本か

夜と霧の著者はロゴセラピーの創始者でもある
オーストリア出身のユダヤ人心理学者V・E・フランクル

翻訳は「もし世界が100人の村だったら」
ソフィーの世界」でも知られる池田香代子氏です。

フランクルは若い頃から精神分析学と
実存主義に強い関心を持っており、
大学時代にはアドラーフロイトに師事。

大学卒業後は精神科医、脳外科医として
素晴らしい才能を発揮し続け、
1941年(36歳)には妻と婚約するなど
その人生は雲ひとつない順風満帆なものでした。

しかし1941年、ナチスドイツが
オーストラリアを併合すると
事態は風雲急を告げます。

フランクルナチスによって
妻との間にできた子を中絶させられ、
さらに1942年、父母や妻とともに
テレジアシュタット強制収容所
送還されてしまったのです。

そして「夜と霧は」それから
1944年に解放されるまで約2年の
強制収容所生活を通じて
フランクルが得た体験や洞察を
終戦後の1946年に一冊の本として
出版した文学作品です。

本書は出版直後の
売れ行きこそ芳しくなかったものの、
1956年の日本語版の大ヒットをきっかけに
世界中に人気が飛び火し
現在では24の言語に翻訳され
英語版だけで1000万部を超える
出版部数を記録しています。

かくいう私自身も精神的に
落ち込んでいる時期にこの本に出会い、
大変な衝撃を受け、
以後の自分の人生観や生き方について
これ以上ないくらいの影響を受けました。

収容所の生活に興味がある人、
生きる意味に悩んでいる人、
不安や恐怖に打ち克つ術を探している人、
自分の人生を変える本に出会いたい人、
全ての人にとって
価値ある一冊だと思います。

それではどうぞ。

夜と霧の名言集


収容所暮らしが何年も続き、
あちこちたらい回しにされたあげく
一ダースもの収容所で過ごしてきた被収容者はおおむね、
生存競争の中で良心を失い、暴力も
仲間から物を盗むことも平気になってしまっていた

そういう者だけがいのちをつなぐことができたのだ。

何千もの幸運な偶然によって、
あるいはお望みなら神の奇跡によってと言ってもいいが、
とにかく生きて帰ったわたしたちは、
みなそのことを知っている。

わたしたちはためらわずに言うことができる。
いい人は帰ってこなかった

この一文を読んだ時、私は
孔子の「歳寒くして、
然る後に松栢の彫むに後るることを知る※」
という言葉を思い出しました。
(※意味 : 冬が近づき、木々が葉を落とす頃になってはじめて、
松や桧が葉を残していること(=常緑樹である)ことに
気づくことができる。転じて人の本性は
危機に相対した時にはじめてわかるという教え)

わたしとともにあること、

ほとんどの人はたとえ
自分は善人だとまでは言い切れなくても、
少なくとも平気で人を騙したり
人のものを盗むような悪人ではなく、
ごく一般的な良心をもった
「いい人」ではあると、
心のどこかで信じているのではないでしょうか。

でも、もしもあなたが
夕食に300gのパンと3グラムの
マーガリンしか与えられず、
毎日過酷な重労働を課され、
そのうえ周囲は冷酷な看守と
自分が生きることしか考えない
被収容者ばかりの
強制収容所に放り込まれたとしたら?

それでもあなたは変わらず
「いい人」でいつづけられると
自信を持って言いきれるでしょうか?

フランクルの「夜と霧」は
そうした極限状態における人間の本性を
経験者の立場から容赦なく
白日のもとにさらけ出してゆきます。


ここでわたしは、
はじめこの本を実名ではなく、
被収容者番号で公表するつもりだったことに
留意をうながしておきたい。

経験者たちの露出趣味に
抵抗感を覚えたからだ。

しかし、匿名で公表されたものは価値が劣る、
名乗る勇気は認識の価値を高める、
と自分に言い聞かせ、名前を出すことにした。

わたしは事実のために、
名前を消すことを断念した。

そして自分をさらけ出す恥をのりこえ、
勇気をふるって告白した。

いわば私自身を売り渡したのだ。

この言葉からは
フランクルが富や名声や
ヒーロー願望のためではなく
義務感から本書の出版を
決意した思いが伺えます



新入りのひとりである私は、
医学者として、
とにかくあることを学んだ。

教科書は嘘八百だ、ということを。

たとえば、どこかにこんなことが書いてあった。
人間は睡眠を取らなければ
何時間だか以上はもちこたえられない。

まったくのでたらめだ。

わたしも、あれこれのことはできないとか、
させられてはならないとか、
思い込んでいた。

人は
「もしも…でなければ」眠れない。
「…がなくては」生きられない。

学問なき経験は経験なき学問に勝る。

体験者の口から語られる情報ほど
貴重なものはありませんね。


人間はなにごとにも慣れる存在だ、
と定義したドストエフスキー
いかに正しかったかを思わずにはいられない。

人間はなにごとにも慣れることができるというが、
それはほんとうか、ほんとうならそれはどこまで可能か、
と訊かれたら、わたしは、ほんとうだ、
どこまでも可能だ、と答えるだろう。
だが、どのように、とは問わないでほしい…

人間は何事にも慣れることのできる
生き物だと語るフランクル

浪費や不正への慣れは恐ろしいものですが
慣れは時として不幸な運命や
過酷な環境に耐える力にもなります。



ゴットホルト・エフライム・レッシングは、
かつてこう言った。
「特定のことに直面しても分別を失わない者は、
そもそも失うべき分別をもっていないのだ。」

異常な状況では異常な反応を示すのが正常なのだ。
精神医学者の立場からも、
人間は正常であるほど、たとえば
精神病院に入れられるといった
異常な状況に置かれると異常な反応を示すことは、
十分に予測できる。

事故や震災などの非日常は
たやすく私たちの理性をかき乱します。

ですが、過去から学び、
同じ過ちを繰り返さないことは可能です。

その意味でも、
夜と霧が示す数々の人間行動の事例は
私達にとって大きな財産となりうるでしょう。

ちなみにここで引用されている
レッシングは18世紀ドイツの劇作家です。


ここまでに描いた反応には、
数日で変化がきざした。

被収容者はショックの第一段階から、
第二段階である感動の消滅段階へと移行した。
内面がじわじわと死んでいったのだ。

フランクルが観察した
被収容者の心理変化の記録。

臨床心理の分野でも
幼少期に虐待を受けた人や
悲惨な事故を目撃した人が、
精神的な傷を負い、あとになって
無感情な状態に陥るケース(PTSD)が
しばしば報告されています。


そこに十二歳の少年が運び込まれた。
靴がなかったために、
はだしで雪のなかに何時間も
点呼で立たされたうえに、
一日じゅう所外労働につかなければならなかった。

その足指は凍傷にかかり、診療所の医師は
壊死して黒ずんだ足指をピンセットで付け根から抜いた。

それを被収容者たちは平然とながめていた。
嫌悪も恐怖も同情も憤りも、
見つめる被収容者からはいっさい感じられなかった。

苦しむ人間、病人、瀕死の人間、死者。

これらはすべて、
数週間を収容所で生きた者には
見慣れた光景になってしまい、
心が麻痺してしまったのだ。

被収容者の
内面の変化を克明に記録した
背筋の寒くなるような一場面。

眼の前で幼い子供が
悲惨な目にあっているのを見ても
何も湧き上がってくるものがない。
慣れることの恐ろしさが表れています。


殴られる肉体的苦痛は、
わたしたちおとなの囚人だけでなく、
懲罰をうけた子どもにとってすら深刻ではない。

心の痛み、つまり不正や不条理への憤怒に、
殴られた瞬間、人はとことん苦しむのだ。

だから、空振りに終わった殴打が、
場合によってはいっそう
苦痛だったりすることもある。

収容所で一番つらかったのは
肉体的な痛みではなく、
屈辱的な扱いをうけたことによる
精神的な苦しみだったと語るフランクル

精神的な苦痛という意味では
いじめやパワハラによる苦しみも
これに似た側面があるのではないでしょうか。


被収容者はほとんどまったくと言っていいほど、
性的な夢を見なかった。
他方、精神分析でいう
「手の届かないものへのあがき」、
つまり全身全霊をこめた
愛への憧れその他の情動は、
いやというほど夢に出てきた。

新入りの囚人が"そっち系の"
先輩囚人に襲われるという筋書きは
映画「ショーシャンクの空に」をはじめ
囚人モノの定番ですが、
フランクルによれば
強制収容所の環境下では
被収容者同士の性的な関係は
ほとんど見られなかったようです。

そういう欲求は
精神的にも肉体的にも
ある程度の余裕があることを
前提としているのかもしれませんね。


もともと精神的な生活を
いとなんでいた感受性の強い人びとが、
その感じやすさとはうらはらに、
収容所生活という
困難な外的状況に苦しみながらも、
精神にそれほどダメージを
受けないことがままあったのだ。

そうした人びとには、
おぞましい世界から遠ざかり、
精神の自由の国、
豊かな内面へと立ちもどる道が開けていた。

繊細な収容者のほうが、
粗野な人びとよりも
収容所生活によく耐えたという逆説は、
ここからしか説明できない。

どちらかといえば精神的に
弱い人間だと思っている私にとって
フランクルのこの言葉には
強く勇気づけれられる思いがします。

辛く困難な状況にこそ
豊かな想像力とユーモアを
忘れないようにしたいものですね。


わたしはときおり空を仰いだ。
星の輝きが薄れ、
分厚い黒雲の向こうに朝焼けが始まっていた。
今この瞬間、わたしの心は
ある人の面影に占められていた。

精神がこれほどいきいきと面影を想像するとは、
以前のごくまっとうな生活では思いもよらなかった。
わたしは妻と語っているような気がした。
妻が答えるのが聞こえ、
微笑むのが見えた。

まなざしでうながし、励ますのが見えた。
妻がここにいようがいまいが、
その微笑みは、たった今昇ってきた
太陽よりも明るくわたしを照らした。

そのとき、ある思いがわたしを貫いた。
何人もの思想家がその生涯の果てに
たどり着いた真実、
何人もの詩人がうたいあげた真実が、
生まれてはじめて骨身にしみたのだ。

愛は人が人として到達できる
究極にして最高のものだ、という真実。

今わたしは、
人間が詩や思想や信仰をつうじて
表明すべきこととしてきた、
究極にして最高のことの意味を会得した。

愛により、愛のなかへと救われること!

人は、この世にもはやなにも
残されていなくとも、心の奥底で
愛する人の面影に思いをこらせば、
ほんのいっときにせよ
私服の境地になれるということを、
わたしは理解したのだ。

そしてわたしは知り、学んだのだ。
愛は生身の人間の存在とはほとんど関係なく、
愛する妻の精神的な存在、
つまり(哲学者のいう)
「本質(ゾーザイン)」に深くかかわっている、
ということを。

愛する妻の「現存(ダーザイン)」、
わたしとともにあること、
肉体が存在すること、
生きてあることは、
まったく問題の外なのだ。

まだ日も昇らない冬の朝早く、
銃を構えた監視兵に囲まれながら
収容所から離れた工事現場へ
集団で追い立てられる場面での一文。

本書において私が
最も感銘を受けた部分のひとつであり、
少々長めに抜粋させていただきました。

愛とは形而上的なものであって
たとえ愛する人の肉体は奪えても
その人に対する私達の愛情そのものを
奪い去ることまでは出来ない。

そして、私たちの中にある
愛する人の存在は
他の何にも代えがたい
至福の境地を与えてくれる。

フランクルのこの洞察は
捉えどころのない愛という概念に対して
核心的な説得力を与えるものだと思います。


被収容者の内面が深まると、
たまに芸術や自然に接することが
強烈な経験となった。

この経験は、世界や
しんそこ恐怖すべき状況を
忘れさせてあまりあるほど圧倒的だった。

あるいはまた、ある夕べ、
わたしたちが労働で死ぬほど疲れて、
スープの碗を手に、
居住棟のむき出しの土の床に
へたりこんでいたときに、
突然、仲間がとびこんで、
疲れていようが寒かろうが、
とにかく点呼場に出てこい、
と急きたてた。

太陽が沈んでいくさまを
見逃させまいという、
ただそれだけのために。

そしてわたしたちは、
暗く燃え上がる雲におおわれた西の空をながめ、
地平線いっぱいに鉄(くろがね)色から
血のように輝く赤まで、
この世のものとも思えない色合いで
たえずさまざまに幻想的な
形を変えていく雲をながめた。

その下には、それとは対照的に、
収容所の殺伐とした灰色の棟の群れと
ぬかるんだ点呼場が広がり、
水たまりは燃えるような天空を映していた。

わたしたちは数分間、
言葉もなく心を奪われていたが、
だれかが言った。

「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」

著者の感じた
息を呑むような感動が
ありありと伝わってくる
お気に入りのワンシーンです。

ところでこのシーンに関連して、
興味深い心理学の論文を見つけました。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsre/22/Supplement/22_OS16/_pdf

この論文は
「死を意識することが
自然に対する感動を高める」
という心理的な因果関係を示唆しています。

もしこれが事実であれば、
常に死と隣り合わせにあった
被収容者たちが先の体験から
味わった感動というのは
きっと私達が一生かけても出会えないほど
圧倒的な体験だったのでしょうね。


ユーモアも自分を見失わないための魂の武器だ。

ユーモアとは、知られているように、
ほんの数秒間でも、周囲から距離を取り、
状況に打ちひしがれないために、
人間という存在にそなわっているなにかなのだ。

自分たちの悲惨な境遇や
冷酷な看守たちを
ジョークの種に変えて
周りを笑わせていたというフランクル

その著書や数々の記録からは
常にユーモアを忘れない
気さくで温かな人柄が伝わってきます


たとえば、こうも言えるだろう。
人間の苦悩は気体の塊のようなもの、
ある空間に注入された一定量
気体のようなものだ。

空間の大きさにかかわらず、
気体は均一にいきわたる。

それと同じように、苦悩は
大きくても小さくても人間の魂に、
人間の意識にいきわたる。

人間の苦悩の「大きさ」
はとことんどうでもよく、
だから逆に、ほんの小さなことも
大きな喜びとなりうるのだ。

他の人から見ると
「そんなことで」と思うような
些細なことがある人にとっては
大きな喜びだったりする。

あるいは逆に
「そんなことで」死ぬほど
苦悩する人もいる。

人の幸せも不幸も相対的なもので、
大事なのは事実ではなく
「自分がどう感じるか」という
その感じ方次第なのかもしれません。


「いいか、オットー、
もしもわたしが家に、
妻のもとにもどらなかったら、
そして君が私の妻と再会したら…
伝えてくれないか。よく聞いてくれ。

まず、わたしたちは来る日も来る日も、
いつも妻のことを話していたということ。
な、そうだったよな?

つぎに、わたしがこんなに愛したのは
妻だけだということ。

三番めに、夫婦でいたのは短いあいだだったが、
その幸せは、今ここで
味わわねばならなかったこと
すべてを補ってあまりあるということ…」

ガス室行きの公算が高い
「病人収容所」行きが決まり、
自分の死を予期した著者が
友人に残した遺言のセリフ。

妻への深い愛情と
感謝の念が伝わってきます。


わたしたち、この収容所に
最後まで残ったほんのひと握りの者たちが、
あの最後の数時間、
「運命」がまたしてもわたしたちを
弄んだことを知ったのは、
人間が下す決定など、
とりわけ生死に関わる決定など、
どんなに信頼のおけないものかを知ったのは、
それから数週間もたってからだった。

収容所生活最後の日、
戦争捕虜と交換する人員集めのために
SS隊員がトラックに乗って現れ、
自由になるチャンスだと考えた
フランクルはそれに乗ることを希望しますが
医長の手違いで乗りそこねてしまいます。

しかしそれからひと月後に
フランクルが知ったのは、
その時トラックに乗れった者たちが
その後収容所の事実の隠蔽を目論んだ
親衛隊員たちによって建物に閉じ込められ、
生きたまま焼き殺されたという
あまりに残酷な結末でした。

運命のいたずらで
辛くも生き延びたフランクル

生きることの不条理さを
まざまざと思い知らされる
強烈なエピソードでした。


強制収容所にいたことのある者なら、
点呼場や居住棟のあいだで、
通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、
なけなしのパンを譲っていた人びとについて、
いくらでも語れるのではないだろうか。

そんな人は、たとえほんのひと握りだったにせよ、
人は強制収容所に人間をぶちこんで
全てを奪うことができるが、
たったひとつ、あたえられた環境で
いかにふるまうかという、
人間としての最後の自由だけは奪えない、
実際にそのような例は
あったということを証明するには十分だ。


典型的な「被収容者」になるか、
あるいは収容所にいてもなお
人間として踏みとどまり、
おのれの尊厳を守る人間になるかは、
自分自身が決めることなのだ。

私は夜と霧を読むたびに
「自由」という概念について
深く考え直させられます。

 

強制収容所で他人への
思いやりを発揮するのも自由ならば
現代日本のような
恵まれた環境で生まれながら
悪事を働くのもある意味自由。

 

私たちが何者になるかは
結局私 たち 自身が決めることだ
ということでしょうか。


かつてドストエフスキーはこう言った。

「わたしが恐れるのはただひとつ、
わたしがわたしの苦悩に
値しない人間になることだ」

この究極の、
そしてけっして失われることのない
人間の内なる自由を、
収容所におけるふるまいや
苦しみや死によって証していた
あの殉教者のような人びとを知った者は、
ドストエフスキーのこの言葉を
繰り返し噛みしめることだろう。

私たちの多くは
「苦しみ」を悪いこと、
避けるべきことであると
無意識的に考えていますが
フランクルはその「苦しむこと」にも
意味があるのだと説いています。


彼らは、まっとうに苦しむことは、
それだけでもう精神的に
なにごとかをなしとげることだ、
ということを証していた。

フランクルは科学者の立場から
あえて特定の宗教の立場に
立つことを明言しませんが、
苦悩に主軸を置いている
という点ではキリスト教的な
考え方に近いともいえますね。


最期の瞬間まで
だれも奪うことのできない
人間の精神的自由は、
彼が最期の息をひきとるまで、
その生を意味深いものにした。

なぜなら、仕事に
真価を発揮できる行動的な生や、
安逸な生や、美や芸術や自然を
たっぷりと味わう機械に恵まれた
生だけに意味があるのではないからだ。

そうではなく、強制収容所での生のような、
仕事に真価を発揮する機会も、
体験に値すべきことを
体験する機会も皆無の生にも、
意味はあるのだ。


被収容者は、行動的な生からも
安逸な生からもとっくに締め出されていた。

しかし、行動的に生きることや
安逸に生きることだけに意味があるのではない。

そうではない。

およそ生きることそのものに
意味があるとすれば、
苦しむことにも意味があるはずだ。

苦しむことも生きることの一部なら、
運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。

苦悩と、そして死があってこそ、
人間という存在ははじめて
完全なものになるのだ。

続けて
苦しみの意味を話すフランクル

この苦しむこと、死ぬこともまた
生きることの一部であるという考え方は
私にとって衝撃であり、
人生観を大きく揺さぶられるものでした。


被収容者を心理学の立場から観察して
まず明らかになるのは、
あらかじめ精神的にまた人間的に
脆弱な者が、その性格を
展開していく中で収容所世界に染まっていく、
という事実だった。

脆弱な人間とは、
内的なよりどころをもたない人間だ。

ここでいう
「内的なよりどころ」
とは具体的に何なのでしょうか?

本書ではその対象として
「未来の目的」、ひいては
未来への希望を持つことを挙げています。

そしてフランクルの場合それは
明るく快適なホールの壇上で、
聴衆に向かって過去の収容所体験を語る
未来の豊かな自分の姿でした。

傷だらけの足を引きずって
極寒の中行進させられている時などに
こうした未来の自分を思い浮かべて
絶望にくじけないよう
自らを励ましていたといいます。


「苦悩という情動は、
それについて明晰判明に表象したとたん、
苦悩であることをやめる」

フランクル
哲学者スピノザの名言を引用して、
自分の苦しみを客観視することの
重要性を改めて強調しています。

客観視によって
不安が和らぐことは
科学的にも証明されていて、
例えばスポーツ選手が試合前に
「おまえならできる」とあえて
二人称で自分を鼓舞するのには、
そうすることで自己を客観化し
緊張をほぐす狙いがあります。


ここで必要なのは、生きる意味についての問いを
百八十度方向転換することだ。

わたしたちが生きることから
なにを期待するかではなく、
むしろひたすら、生きることが
わたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、
ということを学び、絶望している人間に伝えなければならない。

哲学用語を使えば、
コペルニクス的転回が必要なのであり、
もういいかげん、
生きることの意味を問うことをやめ、
わたしたち自身が問いの前に
立っていることを思い知るべきなのだ。


生きることは日々、
そして時々刻々、問いかけてくる。

わたしたちはその問いに答えを迫られている。

考え込んだり言辞を弄することによってではなく、
ひとえに行動によって、適切な態度によって、
正しい答えは出される。

生きるとはつまり、生きることの
問いに正しく答える義務、
生きることが各人に課す課題を果たす義務、
時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。

私が思う
本書で最も重要なくだりがこちら。

生きる意味を探すのではなく、
生きることが私たちに
何を期待しているのか、と考えること。

言葉の上ではちょっとした変化ですが、
この考え方は私たちの意識を
能動的なものに切り替え、
人生の意味は外から与えられるものではなく
自分の意思で決められるものなのだという
前向きな気持を呼び起こしてくれます。


具体的な運命が人間を苦しめるなら、
人はこの苦しみを債務と、
たった一度だけ課される責務としなければならないだろう。

人間は苦しみと向きあい、
この苦しみに満ちた運命とともに全宇宙にたった一度、
そしてふたつとないあり方で存在しているのだという
意識にまで到達しなければならない。

だれもその人から苦しみを取り除くことはできない。
だれもその人の身代わりになって
苦しみをとことん苦しむことはできない。
この運命を引き当てたその人自身が
この苦しみを引き受けることに、
ふたつとないなにかをなしとげる
たった一度の可能性はあるのだ。


わたしたちにとって生きる意味とは、
死もまた含む全体としての
生きることの意味であって、
「生きること」の意味だけに限定されない、
苦しむことと死ぬことの意味にも裏づけされた
総体的な生きることの意味だった。
この意味を求めて、わたしたちはもがいていた。

著名な天文学者
フレッド・ボイルが語るところによると
私たち人類がこの宇宙に生まれる確率は
1040,000分の1、分かりやすく例えるなら
「竜巻が廃材置き場の上を通過した後に、
旅客機が組み上がっているのと同じような確率」
という気の遠くなるような確率でしかないそうです。

oggi.jp

そしてその上、この地球上には
75億(2017年時点)の人間がいて、
さらにその全員が一人残らず
その人だけのたった一回限りの人生を歩んでいる。

こうした巨視的な視点に至った時、
この世に無意味な人生というものはなくなり、
たとえ喜びよりも苦しみや悲しみの方が
多い人生であっても、胸を張って
「これでよかったのだ」と
全てを受け入れることが
できるようになるのかもしれません。


わたしたちにとって
「どれだけでも苦しみ尽くさねばならない」
ことはあった。ものごとを、
つまり横溢する苦しみを
直視することは避けられなかった。

気持ちが萎え、ときには涙することもあった。
だが、涙を恥じることはない。

この涙は、苦しむ勇気を
もっていることの証だからだ。

しかし、このことをわかっている人はごく少なく、
号泣したことがあると折にふれて告白するとき、
人は決まってばつが悪そうなのだ。

大人になると人前で涙を流すのは
憚られるものですが(男は特に)
フランクルはその涙に対しても
恥ずべきものではないと弁護します。

また、医学的にも泣くことは
ストレスホルモンであるコルチゾール
減少させ、結果的にストレスを
解消する効果があるとされています。

涙がもたらす健康効果 | いわい中央クリニック


ひとりひとりの人間を特徴づけ、
ひとつひとつの存在に意味を与える
一回性と唯一性は、
仕事や創造だけでなく、
他の人やその愛にも言えるのだ。

このひとりひとりの
人間にそなわっているかけがえのなさは、
意識されたとたん、
人間が生きるということ、
生き続けるということにたいして
担っている責任の重さを、
そっくりと、まざまざと気づかせる。

自分を待っている仕事や
愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、
生きることから降りられない。

まさに、自分が
「なぜ」存在するかを知っているので、
ほとんどあらゆる
「どのように」にも耐えられるのだ。

「お金を持っているから」
「特別な能力があるから」
「容姿が美しいから」などの
条件ありきでなく、その人が
ただその人であるというだけで
既に必要な存在であり、だからこそ
生きることに対して責任を負う。

考えてみればこの思想は
ナチスが掲げた優生学※の思想と
まったく正反対に位置するように思えます。
(※優れた人間だけが子孫=遺伝子を
残すべきであるという考え)


わたしは詩人の言葉を引用した。

「あなたが経験したことは、
この世のどんな力も奪えない」

わたしたちが過去の充実した生活のなか、
豊かな経験の中で実現し、
心の宝物としていることは、
なにもだれもうばえないのだ。

そして、わたしたちが経験したことだけでなく、
わたしたちがなしたことも、
わたしたちが苦しんだことも、
すべてはいつでも現実の中へと救い上げられている。

それらもいつかは過去のものになるのだが、
まさに過去の中で、永遠に保存されるのだ。

なぜなら、過去であることも、
一種のあることであり、
おそらくはもっとも確実なあることなのだ。


わたしたちひとりひとりは、
この困難なとき、
そして多くにとっては
最期の時が近づいている今このとき、
だれかの促すようなまなざしに見下ろされている、
とわたしは語った。

だれかとは、友かもしれないし、
妻かもしれない。
生者かもしれないし、
死者かもしれない。
あるいは神かもしれない。

そして、わたしたちを見下ろしている者は、
失望させないでほしいと、
惨めに苦しまないでほしいと、
そうではなく誇りをもって苦しみ、
死ぬことに目覚めてほしいと願っているのだ、と。


わたしは、ひとりの仲間について語った。
彼は収容所に入ってまもないころ、
天と契約を結んだ。

つまり、自分が苦しみ、死ぬなら、
代わりに愛する人間には
苦しみに満ちた死をまぬがれさせてほしい、
と願ったのだ。

この男にとって、苦しむことも
死ぬことも意味のないものではなく、
犠牲としてのこよなく
深い意味に満たされていた。

彼は意味もなく苦しんだり
死んだりすることを望まなかった。

わたしたちも一人残らず、
意味なく苦しみ、死ぬことは欲しない。

被収容者に一人がジャガイモを盗み、
その連帯責任として全員が1日絶食の
罰を受けたある最悪の日の晩に、
フランクルが仲間たちから
頼まれて魂の救済について
語った場面からの抜粋です。

これを聞いた仲間たちは
一様に涙を浮かべて次々に礼を言いに
フランクルの元に歩み寄ったといいます。

言葉がもつ力について
深く考えさせられる
作中でも特に印象深いワンシーンでしたね。


人間らしい善意はだれにでもあり、
全体として断罪される可能性の高い
集団にも、善意の人はいる。
境界線は集団を超えて引かれるのだ。したがって、いっぽうは天使で、
もういっぽうは悪魔だった、
などという単純化はつつしむべきだ。

フランクルは被収容者側でありながら
むしろナチス隊員より冷酷だったカポーや
逆に収容所側でありながら
自分の朝食の一部を収容者に
こっそり分け与えていた
ある現場監督を例に挙げて
人間をその所属している集団で
判断してしまうことの危険性を警告しています。


わたしたちは、おそらくこれまで
どの時代の人間も知らなかった
「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。
人間とは、人間とは
なにかをつねに決定する存在だ。人間とは、
ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に、
ガス室に入っても
毅然として祈りのことばを
口にする存在でもあるのだ。

人間とは何か?
古今東西あらゆる思想家が
挑戦してきたこのテーマ。

その答えはいまだ霧の中ですが、
その人間を構成する一人一人の
「私たちは何者か?」という問いついては
私たち自身のこれからの選択によって
明らかにされていくのでしょう。